累風庵閑日録

本と日常の徒然

『殺人計画』 J・シモンズ 新潮文庫

●『殺人計画』 J・シモンズ 新潮文庫 読了。

 ふたりの人物に対するそれぞれの陰謀の交錯。そつなく書かれてはいるが突出したものが無く、まったく普通のサスペンス。終盤まではありきたりと言っていい。

 だが、読了後の結論としては満足。真相の意外性は十分だし、伏線も思いの外多い。こういうネタをこういう書き方で書くのもちょっと面白い。終わり良ければ全て良し、である。再読したら、もしかして大量の伏線があることに気付くのかもしれない。

●お願いしていた本が、二方面からそれぞれ届いた。
『大阪圭吉 自筆資料集成』 小野純一編 盛林堂ミステリアス文庫
人形佐七捕物帳 三』 横溝正史 春陽堂書店

 佐七は刊行が順調なようで嬉しい。

『泡坂妻夫引退公演』 新保博久編 東京創元社

●『泡坂妻夫引退公演』 新保博久編 東京創元社 読了。

 読めることに意義がある作品もちょいちょいある。亜智一郎のシリーズ七編は、毎回恒例の冒頭の言葉遊びと、ダイナミックな歴史の動きが垣間見えるところは面白い。だが、その辺りは装飾の要素である。作品そのものとして何を面白がればいいのか、どうも読み方が分からなかった。

 紋の連作と「月の絵」とは良かった。謎とも言えないような人間関係の綾を、しっとりと描いて余韻が残る。本当なら一編ずつゆっくり味読したいところだが、生来のせっかちでがじゃがじゃっと読んでしまった。

「聖なる河」は、読者に解釈をゆだねて”そうとも読める”伏線の数々が秀逸。

 収録作中のベストは、脚本「交霊会の夜」であった。しっかりページ数を確保して伏線を仕込んで、趣向沢山に仕上げたなかなか楽しい作品。

「改造社の『ドイル全集』を読む」第一回

●今月から、新規プロジェクト「改造社の『ドイル全集』を読む」を始める。昭和六年から八年にかけて刊行された改造社の「世界文学大全集」のうち、全八巻を占める「ドイル全集」を、月に二日くらいずつの時間配分で読んでゆくことにする。一冊を数か月かけて読むわけだ。どうかすると完了までに二年以上かかりそうな、のんびりとしたプロジェクトになる。

 今まで取り組んできた「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」プロジェクトは、先月で一区切りとした。その時点でまだ読んでいない翻訳が、ドイル全集に収録されている。つまり今回のプロジェクトは、「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」からの派生という位置付けになる。実際の翻訳は横溝が手掛けたわけではなくてどうやら名義貸しらしいが、それはそれ。

 横溝名義訳の作品を読むついで、と言ってはいけない。せっかく買った全集なんだから、独立したプロジェクトを設けて通読したい。というのが本プロジェクトの趣旨である。

●今回は第一回として、第一巻の収録作から「緋色の研究」を読む。訳者は延原謙である。十三年ぶりの再読で、感想は前回とあまり変わらなかった。十三年前の文章をちょいと編集して再掲しておく。

 事件そのものも解決に至る展開も、実に単純素朴である。こういう素朴さは、前々世紀のまだ若いミステリの味わいで好ましい。展開がスペクタクルに乏しい分、ホームズの奇人ぶりとワトソンの普通人ぶりとが際立つ。傲岸で偏屈、ちょっとおだてられると手もなく喜ぶホームズと、同居人の正体を突き止めようとあれこれ詮索する大きなお世話のワトソン、という。

 さらにもう一人特徴のある人物を挙げるならば、スコットランド・ヤードのグレグスンである。ライバルのレストレードが間違った方面を捜査していると言ってあざ笑い、あろうことか「息が詰まってきうきう苦しがるまで」爆笑してのける。なんと人間臭いことか。

 以下、余談。古い翻訳には古いなりの、今読んでこその味わいがあって捨て難い。延原訳によると、ホームズが修得しているのは木刀術だそうで。

『甲賀三郎 大阪圭吉 ミステリー・レガシー』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

●『甲賀三郎 大阪圭吉 ミステリー・レガシー』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 読了。

 甲賀三郎「歪んだ顔」は、巻末解説にある甲賀本格ミステリ観がよくうかがえる作品。「あまり論理性は重視していなかった」らしい。悪く言えばいい加減、良く言えば全編に漂うおおらかさが楽しい。それはいいけれど、ワトスン役である玉尾弁護士の言動はいくらなんでも軽率すぎやしないか。

 大阪圭吉のパートは、ほとんどの作品が創元推理文庫で既読であった。ロジカルな面白さが充実していて、再読でも感心する。初めて読むのは二作品。「なこうど名探偵」は、落語のようなとぼけた可笑しさと、トマト泥棒の謎に理詰めの推理で迫る展開が読ませる。結末があまりにあっけないのは、十ページ程しかないのでやむを得ないだろう。

「人喰い風呂」は、銭湯の脱衣所に置き去りにされた着物という奇妙な謎が、意外な重大事件に発展する。こちらも、オチも含めてとぼけた可笑しさがあって好み。

●書店に出かけて雑誌を買う。
『小説 野性時代 5月号』 角川書店
 小松亜由美さんの読切短編「絶筆の桜」が掲載されているのである。

横溝正史追憶集

●お願いしていた本が届いた。
『戯曲 アルセーヌ・ルパン対ハーロック・ショームズ』 トサカ文庫

●注文していた本が届いた。
横溝正史追憶集』
 このところ旅行にも行ってないし外に飲みにも行ってない。おかげで財布にほんのちょっとだけ余裕がある。そんな状況で、ついうっかり見つけてしまったのだった。

『ブラック・マネー』 R・マクドナルド ハヤカワ文庫

●『ブラック・マネー』 R・マクドナルド ハヤカワ文庫 読了。

 リュウ・アーチャーは銀行家の青年から、フィアンセを奪った謎の人物の身元調査を依頼される。アーチャーが動き回るにつれて、多くの人々の過去から現在に渡る複雑な関係がじわじわと見えてくる。この、じわじわと、ってのが好みに合っていてなんとも面白い。ページがぐいぐい進む。人物の個性もしっかりしていて、たとえば依頼者ピーターの、とにかく物を食べずにはいられない衝動なんざなかなかの造形である。

 犯人はかなり意外だが、ミステリとしての意外性の演出が上手く機能しているわけではない。えっ、そっち? という意外さである。途中経過は申し分ないし全体としても読み応えは存分にあるが、ミステリを読んだカタルシスにはちと乏しい。犯人が(伏字)するってのは、ロスマクらしいと言えばらしいけれども。

『藤村正太探偵小説選I』 論創社

●『藤村正太探偵小説選I』 論創社 読了。

 楽しめた作品とそうでないのと、わりとはっきり二分できる作品集であった。駄目な方は、ページ数と内容とのバランスが取れていないようだ。材料を盛り込み過ぎて処理しきれていないのである。まるでマニアさんが熱に浮かされて勢いだけで書いたみたいだ。

 以下は気に入った方の作品。

「黄色の輪」詳しくは書けないが、落差にちょいと感心した。

「筈見敏子殺害事件」は、他の作品のようにこれでもかと材料を盛り込まず、シンプルなネタのおかげですっきりとまとまっており、好感が持てる。

「断層」は、途中で提示されるある情報は面白いが、真相はまるでピンとこない。それよりもこの作品の注目点は、終盤(P263)における横溝正史の某代表作品とそっくりな書きっぷりにある。文の構成要素があまりにも似ていて、笑ってしまった。

「その前夜」は、収録作中で最も面白かった作品。巻末解題に引用されている評では割と否定的である。ミステリとして捉えると概ね妥当な評価だとは思うが、面白く感じてしまったのだからしょうがない。現実を観ず思考を停止して狂信的にわめきたてる者の愚かさと、己の器に余る大任を背負わされてねじ曲がってしまった者の哀れさと。なんとも人間臭い造形が胸に迫る。

「法律」は動機が面白い。

オンライン飲み会

●今はいろいろ閉塞的でしんどくて、うっかりすると不安や怒りやその他諸々ネガティブな感情にとらわれがちである。だが、負の感情に飲み込まれ支配されてしまっては、メンタルがやられる。そんなとき、友人知人と楽しく飲みかつ語ると、メンタルを健康に保つ助けになるだろう。

●通常の飲み会ができない状況で、「オンライン飲み会」が流行っているらしい。というわけで私も何人かのお方をお誘いして開催してみた。手順は以下の通り。

「オンライン飲み会サービス たくのむ」(https://tacnom.com/)を使って部屋を建て、そのURLを参加者にお知らせする。参加者は知らされたURLにアクセスする。これでオッケー。ダウンロード、会員登録、ログインは不要で、ずいぶんお手軽なことである。

●必要な環境は以下の通り。

◆PCの場合、当然だがカメラとマイクとは必須。対応するブラウザは ChromeFirefoxOpera のみ。Edgeではそもそも主催者が部屋を建てることができないし、参加者がアクセスすると、音声が聞こえなかったりハウリングが起きたりの不具合があるようだ。また、通常のブラウザをEdgeに設定していると、単純にURLをクリックしただけだとEdgeが立ち上がってしまう。まず先に、たとえばChromeを立ち上げてURLをコピペすると上手くいくようだ。

スマホの場合、
Android:Ver10以上推奨
iOS:Ver13以上推奨
だそうで。ただスマホの場合どうしても画面が小さいから、参加人数が多くなると画面がわやくちゃになるかもしれない。

●というわけで、「特横会(特に理由はないけど集まって横溝話をしながら飲もうぜ会)@オンライン」の開始である。参加メンバーは私を含めて四人。一時的にもう一名様が加わった。序盤はなんとなくぎこちなかったが、やがて慣れてきていつもの飲み会のようになった。話題もいつもと変わらず。飲み部屋にはタイムリミットを設定できて、今回は三時間にしていたが、結局二時間半ほどでお開き。

●実際にやってみて、オンライン飲み会の不自由な点が見えてきた。現実の場を共有しないという意味で、リアリティに欠ける。だがこの点は、しばらくすると気にならなくなった。慣れてきたということか。

 ハードの性能にもよるだろうが、会話の音声にわずかにタイムラグがあって、ぎこちなさを感じる場合がある。相手が喋り始めた瞬間に声が聞こえず、こちらも喋りだしてかぶってしまう。発話はゆっくり、はっきり、間を空けて、を意識した方がいいだろう。オンライン向けの話法があるのかもしれない。

 逆にオンライン飲み会のメリットは何か。リアル飲み会が勝てない大きなメリットとして、地理的制限が無くなる。大阪からも岡山からも長崎からだって参加できるわけだ。もう一点、お手軽お気軽であることもメリット。店を予約するわけではないから、遅刻早退自由自在だ。一時退席して戻ってくるのも好き勝手である。

 さらに、外に飲みに行くより大幅に安く済むことも助かる。さらにさらに、二次会や朝までカラオケなんかに流れなくて健全である。

 他にリアル飲み会との違い。ある程度人数が多いリアル飲み会では、自然といくつかの島ができてそれぞれ別の話題を話すようになる。ところがオンラインでは全員が全員の声を聞いているので、複数の話題を同時並行で進めることができない。人が少ない場合はリアルもオンラインも同じことだが、オンラインで人が多い場合に上手く回るのか、ちょっと予想できない。

●結論として、大きな問題もなく十分使えるシステムだと思う。近いうちにまた開催したい。

『死の濃霧』 論創社

●『死の濃霧』 論創社 読了。

延原謙翻訳セレクション」の副題が付いている。編集の趣旨からすれば、訳文を吟味したり他の訳との比較を行ったりするのが望ましいアプローチなのだろうが、そういうのはマニアさんにお任せする。私は収録作をただ作品として味わうことにする。

 イ・マックスウェル「妙計」、マルセル・ベルヂェ「ロジェ街の殺人」、L・J・ビーストン「めくら蜘蛛」の三作は、種類の異なるそれぞれの危険が主人公に迫るサスペンスでちょいと読ませる。

 久しぶりに読むF・W・クロフツの、「グリヨズの少女」は安定の堅実さ。ヘンリ・ウェイド「三つの鍵」は、犯罪の緻密さと警察の丹念なアリバイ追及ぶりと、こちらも堅実で読み応えあり。

 リチャード・コネル「地蜂が螫す」は、昆虫からヒントをもらう個性的な探偵と、突出したものは無いがいかにもミステリ臭のする真相とがなんとも型通りで、こういうのは好み。

 スティヴン・リイコック「五十六番恋物語」は、洗濯物から推理するってのが毛色が変わっていて楽しい。個人的にはこの結末が無い方が好ましく思う。

乗合馬車の犯罪

●お願いしていた本が、二方面から届いた。
乗合馬車の犯罪』 F・D・ボアゴベ 別冊Re-ClaM
甲賀三郎探偵小説選IV』 論創社
『死の濃霧 延原謙翻訳セレクション』 論創社

 こんな時でも本が届くのだ。こんな時でも本を読むのだ。