●『三人の中の一人』 S・A・ステーマン 番町書房 読了。
こいつはケッサク。漢字で書く「傑作」ではなく、片仮名で書くニュアンスである。素っ頓狂な展開の中に、意外なほど濃密なミステリ・スピリットが詰め込まれている。
数々の外連味がなかなか楽しい。まず初っ端は密室殺人で読者のご機嫌をうかがう。お次はヴァン・ダインを引き合いに出して事件に対して論理的検討を試み、犯人は身長二メートル四十センチの巨人だという結論を持ち出してみせる。さらになんと、(伏字)に至っては、それはひょっとしてギャグで言っているのか? と思ってしまう。さらにさらに、身長ネタは意外な発展を見せて読者を翻弄する。もうこれだけで満腹である。探偵役の人物は、新たなデータが手に入れば推理の結果を変更するのは当然だと主張して、自らの推理を途中で何度もひっくり返してしまう。
漢字で書く傑作とは言い難いその訳は。密室の謎はびっくりするくらいあっけなく処理されてしまう。全般的に情報提示の段取りが心細く、探偵が読者に伏せられた手掛かりで推理する場面が何度も出てくる。途中でいきなり(伏字)が登場するなんて展開は、なんだこれ? と思う。本気で謎解きミステリを書こうとしたのか、疑問に思えてしょうがないのだが。書きっぷりは真面目だけれども、もしかしてステーマンって、真面目な顔で冗談を言うタイプの作風だったりして。
以前『マネキン人形殺人事件』を読んだ時にも感じたことだが、ステーマンのこの微妙なズレ具合はなんなのだろう。おかげで、作者がおそらく意図していないであろう不思議な可笑しさが醸し出されている。傑作としてミステリ史に残るかどうかは定かでないが、ケッサクとして読む者の記憶に残る作品。
●依頼していた横溝関連の複写文献が届いた。
国会図書館から「蝋の首」と「消すな蝋燭」の、神奈川近代文学館から「本陣殺人事件」の、それぞれ初出テキストである。国会図書館からは他に「靨」の複写も届いているが、喉の部分が読めなくてどうしようもないので、考慮しないことにする。