ただし、読了というのは一部保留がある。後半の「評論・随筆篇」にて、私が未読の作品が、いくつかネタバレされているのだ。それらの随筆・評論は、ひとまず読まないでおく。対象の作品が収録されている本は、論創社の『小酒井不木探偵小説選II』と、創土社の『ビーストン傑作集』である。できれば年内にそちらを読んでから、改めて本書を繙きたい。
「電話を掛ける女」は、主人公のキャラクターとその語り口とが可笑しい。基本的には善良な青年で、呑気でちょいとだらしない。軽率で、思い込みが激しく、優柔不断で、細かなことをあれこれ気にする。美女とみればコロリと参ってしまい、付き合っている彼女のヒステリー気味の剣幕に翻弄されてあたふたする。なんとまあ人間味のあることか。
内容は展開の起伏で読ませるタイプだが、終盤のクライマックスに向かって次第に加速しつつ突き進む……ということもなく。凸凹があれど全体を観ると平板で、正直なところあまり乗れなかった。内容よりも、人物造形を楽しく読んだ。
探偵作家土井江南ものは、とぼけた味わいがじわじわと面白い。江南は大の酒好きで、酔った勢いで自ら危難に巻き込まれる猟奇の徒である。全四作の中では、二転三転する展開の「鍵なくして開くべし」と、ロジックに徹した「真夜中の円タク」とが秀逸。「原稿料の袋」には、卓聞堂編集部の床水政司なる人物が、ちょい役で出てくるのが微笑ましい。わざわざ書くのも野暮だが、博文館の横溝正史である。
「探偵小説とポピウラリテイ」に、作家キーラーの名前と「ワシントン・スクエア・エニグマ」の題名が出てくるのにはちょいと驚いた。あのハチャメチャミステリ『ワシントン・スクエアの謎』に、こんなところで出くわすとは。