累風庵閑日録

本と日常の徒然

『グリーン車の子供』 戸板康二 創元推理文庫

●『グリーン車の子供』 戸板康二 創元推理文庫 読了。

 一気に通読するのはしんどかったので、先月から細切れに読んでいた。目の前の状況を錯覚したり相手の言葉を誤解したり、といった心の動きがキーになっている作品が多い。また、普段何気なく行っているちょっとした癖が重要な役割を果たす作品もある。こういうのは好み直撃だし、上手いと思う。

 以下、コメントしたい作品をいくつか挙げておく。「密室の鎧」は、いかにもそれっぽい密室ネタが嬉しい。この作品はまた、(伏せ字)という伏線の妙もある。「隣家の消息」は、真相とキーパーソンの造形とが結びついていて秀逸。「美少年の死」は、伏線だとか真相だとかより、関わった人間そのものが強く記憶に残る。

「句会の短冊」は心理の綾も読みどころだが、分刻みの行動表なんてミステリらしい趣向が嬉しいし、最後の〆も決まっている。「光源氏の醜聞」のある小道具が発する違和感は、今読んでもまあ気付くだろう。ところがその意味するところは、おそらく発表当時の読者にしか思い浮かばないのでは。というネタが面白い。

「襲名の扇子」は、メインのネタそのものにはあまり感銘を受けなかったが、いわゆる「奇妙な味」を思わせる幕切れが上出来。「グリーン車の子供」は、見えている光景がぐるりと変わって思いがけない部分にぱっと焦点が当たる展開がお見事。中村雅楽シリーズをちゃんと読むのはこれで二冊目である。読めば読むほどその滋味が沁みる。すっかり気に入ってしまった。創元推理文庫の全集はあと三冊、せいぜい味読したい。