累風庵閑日録

本と日常の徒然

『列をなす棺』 E・クリスピン 論創社

●『列をなす棺』 E・クリスピン 論創社 読了。

 若い女優が死亡した。一見して自殺であることは明白である。だが、彼女の住処を荒らした者がいることから、単なる自殺ではなくなにやら犯罪の臭いがする。やがて殺人が起き、割と早い段階で事件の枠組みと動機とが見えてくる。焦点は、この動機を胸に秘めている者は誰か、である。だが油断してはいけない。提示された枠組みを丸ごとひっくり返すことで意外性を演出するなんてのは、ミステリにはよくあることだ。この作品で枠組みがどう扱われるかは、もちろん書けないけれども。

 第二章第四節で、この事件には偶然が大きな影響を及ぼしたという意味のことが書いてある。実際、裏面の事情が表沙汰になったのは偶然の積み重ねによるし、犯人が犯行に成功したのも偶然の影響が大である。こうなるともう、緻密な犯行計画を実行に移す犯人と名探偵との知的闘争という色は薄れ、事件の推移と物語の展開とを楽しむ作品になってくる。

 それはそれで面白いのだ。特に中盤以降の(伏字)シーンなんか、サスペンスも不穏な雰囲気も上々である。また、犯人を限定するロジックが明解で、この点だけでも十分満足できる。さらに、盛り込まれた捻りによって醸し出される余韻もなかなかのものであった。