累風庵閑日録

本と日常の徒然

『死の実況放送をお茶の間へ』 P・マガー 論創社

●『死の実況放送をお茶の間へ』 P・マガー 論創社 読了。

 とにかく、普通である。個性際立つ登場人物達の諍いと、やがて起きる殺人。語り手であるヒロインは、意図せずに何か重要な情報を知ってしまったらしい。犯人もそのことに気付いているようだ。具体的にそれがどんな情報なのか、彼女自身にも分からない。すわ!犯人の魔の手が彼女に迫るか!!
実に普通である。

 ちょっとしたメロドラマもあるし、惚れたハレたにからむお決まりのサスペンスもある。まるで普通である。テレビのミステリドラマを観ているようだ。それだけ作者が、こういった作品の呼吸を身に付けているということだろう。

 個人的な文章の相性もあるだろうが、きびきびした会話が多く、読みやすさは抜群である。二百ページ少々という短さもあって、するすると読了できる。テレビ業界の内幕の面白さもある。だが肝心の、ミステリの面白さは如何に。

 事件のキモは私好みのシンプルさで、指摘されるとぱっと見通せる感じがして、なかなかのものである。それをカモフラージュする手管も、なるほどと思う。作者が意図したことかどうかは分からないが、型通りであること自体が意外性の演出に一役買っている点にも、ちょいと感心した。気になったのは、推理の手がかりとなった情報が二点、事前に読者に示されていないように思えることで。だがそれは、結末を読んでからページを遡ってみた私が見つけられなかっただけかもしれない。

 結論。そつなくお書きになって、お上手ですな。

『山下利三郎探偵小説選II』 論創社

●『山下利三郎探偵小説選II』 論創社 読了。

「運ちゃん行状記」
 そそっかしい主人公のてんやわんやを描くコメディ戯曲。そもそもミステリなのかというと疑問はあるが、この軽妙さはけっしてつまらなくはない。こういうのも書けるなんて、作者はなかなか小器用な人だったようだ。

「見えぬ紙片」
 中盤までの捜査の模様や、個性的な探偵が現れて鮮やかな推理を披露する辺りは、型通りで安心できる面白さがある。だが真相を読者に示す段階になると、ロジックよりも人間ドラマが勝った筋の運びが、私の好みではない。戦前の探偵小説ならば、まあこんなもんだろう、とは思う。期待していなかったが故に期待を裏切られることもない、というような。巻末解説によれば、こういったものが本格として読まれていたらしい。その指摘にはなるほどと思う。

「野呂家の秘密」
 収録作中のベスト。中盤までの堅実な書きっぷりや、事件に取り組む人物の個性は、「見えぬ紙片」にも見られる魅力である。それに加えてこの作品では、ほほうそうくるか、という真相の意外さ面白さがある。こういう種類の意外性を導入していること自体が意外であった。

 本書は論創ミステリ叢書の第二十八巻である。これで、第三期までの三十冊を読み終えた。だがしかし、新刊に追いつくまでにはまだまだ先が長い。

『探偵小説の風景 トラフィック・コレクション(上)』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

●宮崎旅行に持って行ってちまちま読んでいた、『探偵小説の風景 トラフィック・コレクション(上)』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 を読了。

 交通機関を舞台にした戦前作品を集めたアンソロジーである。なかでも鉄道ネタの作品は、ストーリーそのものだけではなく、描かれている旅の様子も大変に面白い。

 甲賀三郎「急行十三時間」は、途中のサスペンスと筋の捻りと結末のオチとが揃ってなかなかの快作。曾我明「颱風圏」は、昭和九年にこんなハードボイルドめいた作品が書かれていることに驚く。

 佐々木味津三「髭」は、ミステリとしてはかなり心細いむっつり右門シリーズの作者が、こんなロジック沢山の作品を書いたことが意外であった。(伏せ字)の手がかりもちょっと面白い。当然のように読者には結末まで伏せられているけれども。辰野九紫「青バスの女」は、ちょっとした余談のように見えた記述が、実はちゃんと意味があったという構成の妙が光る。

宮崎旅行

●この週末で、宮崎に行ってきた。具体的には、海沿いを南下して日南地方を経由し鹿児島県に至る、鉄道路線の突端まで行ってきた。行ってどうするというものはない。鉄道の車窓風景を眺めるのが目的である。

 旅行中はポメラでメモを取っていた。今日はもう疲れたからこれだけで終わるけれども、もしかして記録を整理して旅行記のようなものを書くかもしれない。書かないかもしれない。明日の気まぐれ次第である。

『黒い死』 A・ギルバート ポケミス

●『黒い死』 A・ギルバート ポケミス 読了。

 恐喝者の口を封じようと決意した四人の被害者達。皆で籤を引いて、当たった者が単独で対応することに決めた。残りの三人に累が及ばないように、当たったことは黙っておく、という申し合わせもした。ところがここで、籤の提案をした者がインチキをして、なんと全員が当たりを引いてしまう。発案者は、口封じが失敗する可能性を極力減らすべく万全を期したのだった。

 恐喝の不安に慄く被害者と、暗殺の恐怖に怯える恐喝者。というサスペンスストーリーが、やがて犯人捜しミステリへと変貌してゆく。オープニングが上記のようにちょいと捻ってあるので、全体もツイストの利いた展開を期待したのだが、案外素直なものである。そして残念なのは、真犯人の設定で。これがどうも私の好みではなく、読了しても冷静なままであった。

 結末で示された、作者がやりたかった趣向にはちょいと感心したし、関連する伏線もなるほどと思う。けれど、犯人が判明した直後の評価を覆すほどのインパクトはなかった。

『サンダルウッドは死の香り』 J・ラティマー 論創社

●『サンダルウッドは死の香り』 J・ラティマー 論創社 読了。

 ギャンブラーと謎めいた美女と、ナイトクラブと豪邸と、酒と拳銃と。ちとだらしない探偵コンビの活躍が、ハードボイルド系ミステリによくある要素を散りばめながら語られる。軽快な味わいは読んでいて楽しいのだが、軽いばかりで事件らしい事件がなかなか起きず、だんだん飽きてくる。事件が起きたら起きたで、詳しくは書けないが物語が分散してしまうのが困りもの。

 そういう心細い点はあるが、結論としては概ね満足。なにしろこの作品、ハードボイルドの衣を被った本格ミステリなのである。探偵は、いくつもの手がかりに基づいて推理を積み重ね、きっちり真犯人を指摘してみせる。それどころか、密室トリックだって暴いてしまう。意外な伏線の面白さもある。巻末解説によると、シリーズ第一作が刊行予定なのだそうな。楽しみである。

『世界怪談名作集 下』 岡本綺堂編訳 河出文庫

●『世界怪談名作集 下』 岡本綺堂編訳 河出文庫 読了。

 素朴で古雅な作品集であった。なにしろ原本の刊行が昭和四年なのである。そのあまりの古風さに、去年のことだが上巻はかなりてこずった。今回ようやく、下巻を読み終えた。

 アンドレーフ「ラザルス」が面白かった。三日間墓に入った後、復活した男ラザルス。一度死の世界を覗いた彼の眼は、底知れぬ闇を湛えている。彼が見つめる相手は、たちどころに活力を失い生の喜びを失い、虚無と怠惰とに憑りつかれる。

 夕闇の中、はっきり見えないラザルスに話しかけたある人物の台詞。
「そう、どうも私を見ているような気がしますがね。なぜ私を見つめているのです。しかしおまえさんは笑っていますね」
こういうのが怪奇小説の面白さである。ラザルスがどういう目付きをしていたのか、どういう笑い方をしていたのか。どちらも読者の想像に委ねられている。

 ストックトン「幽霊の移転」も、奇天烈な面白さがある。ある人物Aが死ぬと、A自身の霊魂がAの幽霊になるわけではない。別個の何かがAの幽霊に任命されるのだという。大病に罹ったヒンクマン氏の死に際にも、彼の幽霊が任命された。ところがなんと、ヒンクマン氏は回復してしまう。ヒンクマン氏の幽霊である権利がなくなった「ヒンクマン氏の幽霊」が、主人公に助けを求めてくる。幽冥界のルールの奇妙さは、まるで落語のようだ。

 その他、クラウフォード「上床」やモーパッサン「幽霊」も秀逸。

●午後はジムに行って汗を流す。

●夕方から、電車に乗って東京に出る。今晩は飲み会があるのだ。

マクシミリアン・エレール

●書店に寄って本を買う。
『死の実況放送をお茶の間へ』 P・マガー 論創社
『サンダルウッドは死の香り』 J・ラティマー 論創社
『アリントン邸の怪事件』 M・イネス 論創社

 新潮文庫の周五郎少年文庫も気になったけど、パス。作品社の『少年探偵・春田龍介』と、「黄色毒矢事件」掲載の『小説現代』を買ってあるので、それでいいことにする。知られていなかったペンネームの判明によって、十作以上の作品が新たに見つかったということなので、続刊の収録作品には注目しておく。

●お願いしていた本が届いた。
『マクシミリアン・エレール』 H・コーヴァン ROM叢書
素晴らしい。

『牧逸馬探偵小説選』 論創社

●『牧逸馬探偵小説選』 論創社 読了。

 機知と捻りと、怪奇と諧謔と、それにちょっぴりの皮肉。作者の才気がみなぎる、読んで楽しい好短編集であった。収録作は一部の例外を除いてごく短いものばかりで、創作だけでも三十編以上と数が多い。気に入った作品も多く、それら全てにコメントを付けるのはしんどいので、省略。

 以下、こっちの方が長くなりそうな脱線。巻末解題によると、第一短編集『都会冒険』に「怪異を積む船」という作品が収録されている。これは創作ではなく、フレデリック・デエヴイスが書いた作品の翻訳で、もとは『新青年』に掲載されたという。この作家については随筆「米国の作家三四」でも言及され、「構成の才が見られ」ると評されている。

 さて、この「怪異を積む船」だが、後年になって主婦の友社の「TOMOコミックス名作ミステリー」の一巻として劇画化されている。作画はいけうち誠一で、題名はそのまま『怪異を積む船』だ。作者表記はフレデリック・デービスである。巻末解説ではなぜかヘンリー・デービスという表記になっているのが不思議だけれども。

 このシリーズは作品の選択が独特で、昭和五十年代の発行なのに、マッカレーの『ふたごの復讐』や『地下鉄サム』、小酒井不木の『少年科学探偵 消えたプラチナ』なんかがラインナップに入っている。『怪異を積む船』も、掲載当時は好評を博したそうだが、さしてメジャーとも思えないのになぜ選ばれたのか。いつか機会があれば読んでみたい。……脱線なので、この話題は特に結論の無いまま終わる。

 

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