累風庵閑日録

本と日常の徒然

首のない女

●取り寄せを依頼していた本が届いたというので、受け取りのために書店に寄る。ついでに別の新刊も購入。
『思考機械 完全版 第2巻』 J・フットレル 作品社
『首のない女』 C・ロースン 原書房

●注文していた本が届いた。
『仮面城』 大下宇陀児 東都我刊我書房
『舊幕與力 彌太吉翁實話 亂刀』 泉斜汀 私家版

●上記の本だけで、かなりの金額に達する。さらに現在、某ネット書店に三冊予約している。さらにさらに別口で、翻訳ミステリを題材にした同人誌を一冊予約している。なんとその上今週末には、ネット書店でもう一冊発売される。一般流通に乗らない本までもがこうやって手軽に入手できるのは素晴らしいことだが、だんだん買うのが追いつかなくなりつつある。

『横溝正史翻訳コレクション 鍾乳洞殺人事件/二輪馬車の秘密』 ウィップル/ヒューム 扶桑社文庫

●『横溝正史翻訳コレクション 鍾乳洞殺人事件/二輪馬車の秘密』 ウィップル/ヒューム 扶桑社文庫 読了。

 横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第十四回として、「二輪馬車の秘密」を読んだ。同時収録の「鍾乳洞殺人事件」は先月の第十三回プロジェクトで読んだので、一冊の本としてはこれで読了である。

 新潮文庫版で初読の時には前半の、地道で堅実な捜査の模様を面白く読んだのだが。今回はその時の記憶が残っていて展開がだいたい分かるので、残念ながら面白味もさほどではなかった。やけに都合のいい結末は、やはり時代相応のメロドラマである。

 ところでこの作品は、初出の「新青年」版から大幅に増補されている。特に異同の甚だしい部分が、巻末の校注・付録に挙げてあるので、読んでみる。いやはや、唖然とするほどあっけない結末で、大変な圧縮・改変ぶりである。結局のところ、この初出/単行本比較が一番興味深かった。

 余談だが、初出版のテキストも全文コピーを入手してはいる。さすがにまともに読む気はしないけれども。付録を読んだだけでよしとする。

『殺す・集める・読む』 高山宏 創元ライブラリ

●『殺す・集める・読む』 高山宏 創元ライブラリ 読了。

 「推理小説特殊講義」という副題が付いている。こいつは手強い。私の読解力では少々手に余る。さあて、全体の三~四割くらいは理解できただろうか。理解できたと思い込んでいる部分については、興味深い視点が次々と提示されてなかなか面白い。なにしろあまりにも広範な内容なので、どこがどう面白いのか、この日記のために言語化するのはなかなか困難なのであるが。

 どうにかこうにか、第一章「殺す・集める・読む - シャーロック・ホームズの世紀末」のごくごく一部を整理してみる。ホームズ譚の連載が始まった十九世紀末、世界的大都市ロンドンは、生と死の二重性を持っていた。ビクトリア朝文化の爛熟と死亡率の増大。繁栄と死のロンドン。都市生活者の流入貧困層の激増に直結し、衛生状態は極度に悪化して疫病が蔓延した。そこには中世のペスト禍の遠い記憶も、暗い陰を落とす。

 都市に滞在する富裕層は屋敷に閉じこもり、華美な屋内装飾のもとで外の世界に吹く死の風をひたすら無視することに努めた。そこで愛好されたのがミステリである。突然もたらされた理不尽な死は、論理によって解明され、駆逐される。生が必ず勝利すると分かっているなら、もはや安全な娯楽と化した死はできるだけ陰惨で刺激的な方がいい。

 かくしてコナン・ドイルは、様々な死の様相を描き出すのであった。「四人の署名」の笑う死体、「入院患者」の羽をむしられた鶏のように吊るされた縊死体、「ブラック・ピーター」の甲虫のように銛で壁に留められた死体、等々。

 これだけの内容が、わずか十ページにぎゅうぎゅうに詰め込まれているのだ。大変な密度である。

●午前中に高山宏を読み終え、昼前には電車に乗って街に出る。かつての飲み仲間と再会し、昼酒をかます

『密室殺人』 R・ペニー 論創社

●『密室殺人』 R・ペニー 論創社 読了。

 何者かが陰湿ないたずらを繰り返す展開は、どうも好みではない。本筋の事件がなかなか起きず、じれったい。読了してみると、満足感はまずまず。読者への挑戦が挿入されているのも、そしてその設問も、ちょいと気が利いている。根幹となる発想がシンプルで、なるほどと感心する。解決部分が図版だの注釈だのでにぎやかなのが嬉しい。

 だが真相の全体像となると、少々心細い。付随する要素がやけに多く、偶然も多く働いており、作者が上手くいくように書いたから上手くいったのだと思ってしまう。

 犯人の正体に関する意外性の演出は、一応施されているのだがびっくりするくらい扱いが軽い。解決シーンでの力の入れ様からしても、どうやら作者の力点は密室ネタにあるようだ。

『古書ミステリー倶楽部』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

●『古書ミステリー倶楽部』 ミステリー文学資料館編 光文社文庫 読了。

 甲賀三郎「焦げた聖書」は、解決部分の荒っぽさが笑ってしまうほど。けれど解決に至るまでの、謎がどんどん広がってゆく展開はなかなか読ませる。二木悦子「倉の中の実験」は、二十年後の自分自身を想像して身につまされるものがある。

 石沢英太郎「献本」は、今とは異なる価値観が、異なっているが故に面白い。描かれている人間関係の悲喜こもごもは、文学が芸術の一分野として広く重く受け止められていた頃の時代相を反映しているのだろう。もしかして今でも、創作系の趣味の集まりでは同種の鞘当てが繰り広げられているのかもしれないけど。同様に野呂邦暢「若い砂漠」も、文学が今よりはるかに重視されていた時代を偲ばせる。

『世紀の犯罪』 A・アボット 論創社

●『世紀の犯罪』 A・アボット 論創社 読了。

 五年前、黒白書房版を湘南探偵倶楽部の復刻本で読んだときは、あまりいい印象を持たなかった。会話が直訳調でぎこちなく、そういった個所に出くわすたびに気持ちが醒める。その点、今回の新訳は安心して読めた。

 天才型の探偵役が、警察組織を活用した地道な捜査に従事するとこうなる、という話。追及すべき数多くの筋道は、主人公サッチャー・コルトのひらめきで得られたものもあるし、大勢の警官達が各方面から集めてきたものもある。コルトは探偵としてだけではなく、組織の長としても極めて有能。大勢の部下を要所要所に手配し、適切な命令を与え、着実かつスピーディーに捜査を進めてゆく。その過程で次から次へと新たな情報が得られるので、中だるみせず快調に読める。

 ところが、だ。情報を集めても集めてもなお、事件は混沌として底を見せない。それどころか、終盤になって一気に可能性が広がったりする。この真相の作り方は上手いと思う。この真相だからこそ、捜査陣が戸惑う矛盾や疑問が見えてしまうのだ。

 個人的には、真相の意外性よりも横溝正史の某作との関連の方に興味が行ってしまったけれども。そういう観点でも、この作品は注目に値する。この辺りのことをもっと書きたいのだが、なにしろネタバレ直撃なので、どうにもこうにも。

 ふたつの作品が似ているだとか片方がもう一方の原型だなどと書けば、片方しか読んでいない者にとってはネタバレとなる。関連する横溝作品の題名は本の帯にはっきり書かれているから、いまさら「某作」などと書くのも白々しいのだが、この日記ではあえて某作としておく。

『大下宇陀児探偵小説選I』 論創社

●『大下宇陀児探偵小説選I』 論創社 読了。

 メインの長編「蛭川博士」は、なかなかの快作であった。前半は、殺人事件の地道な捜査と不良少年達の騙しあいとが並行して語られる。錯綜する展開は、ページをめくらせる力十分である。中盤になると、主人公の探偵役と悪の怪人との闘争劇なんてなスリラーの雰囲気が漂って、少々トーンダウン。だが終盤で盛り返した。

 途中で気付いてしまったので意外さは感じなかったけれど、設定としては紛れもなく「意外な」犯人に感心する。犯人の名前を明らかにするときの演出はちょいと気が利いているし、その犯人と捜査陣との対決もサスペンスが感じられて上出来。

 犯行の要となる部分が、犯人の制御できない要素に依存しているってのに引っかかったけれども、そんなことを気にしてちゃあ戦前ミステリは楽しめない。

 残りの三作、「風船殺人」、「蛇寺殺人」、「昆虫男爵」は全て犯人当てとして発表されたものだそうな。読んでみると内容はまさしく「当てる」もので。読者からの解答を募る段階で、論理的に犯人を導けるようには書かれていない。だからと言って作品の否定につながるわけではないけれども。巻末解題によれば、こういうのが当時の犯人当てだったようだ。

●書店に寄って本を買う。
『ポー名作集』 E・A・ポー 中公文庫
 恥ずかしながら、ポーのミステリをまともに読んだことがない。子供向けの訳で読んだりして、さすがにネタは知っているけれども。いつか創元推理文庫の全集でも買って、きちんと読んでおかなければ、と思いつつ今まで放置していた。創元版はミステリ作品が複数の巻に分散しているので、買い揃えるのがなんとなく億劫に思えていたのだ。

 ところが最近ツイッターで、中公文庫版なら一冊でミステリ作品が揃って収録されているのを知った。こういった情報が得られるのが、ツイッターのありがたいところである。というわけで、早速買ってきた。

『悪女パズル』 P・クェンティン 扶桑社ミステリー

●『悪女パズル』 P・クェンティン 扶桑社ミステリー 読了。

 こいつは傑作。次々と起きる、動機不明の殺人。展開の速さと起伏の大きさとで、物語がぐいぐい進む。結末の意外性は(伏字)てしまうダイナミックなもので。この犯人にしてこの犯罪あり。真相が明らかになると、犯人の造形の異様さも際立つ。

『誰そ彼の殺人』 小松亜由美

●『誰そ彼の殺人』 小松亜由美 幻冬舎 読了。

 収録の四編のうち、三編は初出誌で読んでいる。今回はその時の感想をほぼそのまま再録する。

「恙なき遺体」
 現役の解剖技官でなければ書けない、様々なディテイルが実に面白い。だが、それはあくまで装飾としての面白さである。肝心の、ミステリとしての内容はどうか。

 これがなんと、予想を上回る面白さであった。異様な犯行現場と死因不明の変死体というのがメインの謎。その死因の意外性は十分だし、なにより伏線沢山なのが好みに合っていて嬉しい。まさかこれも伏線だったは、という意外性もある。犯人は誰かという興味については、作者が書きたいポイントではなかったのだろう。なぜそう判断したかは終盤の展開にかかわるので、ここには書かない。

「誰そ彼の殺人」
 これは分からん。(伏字)する意味は何か。一度説明してもらって分かった気になったのだが、今回再読してみるとやはり意味が分からん。

 で、しばらくぐるぐると考えて、ようやくそれなりの解釈が思い浮かんだ。自分のために非公開で書き留めておく。

「蓮池浄土」
 この作品も、伏線の意味が分かった時のそういうことね、という面白さがなかのもの。また、ある状況が伏線であると同時にレッド・ヘリングの役割も果たしていることに感心した。

安楽椅子探偵、今宮貴継」
 十五ページしかないから、内容はほとんどエッセンスだけ。提示された謎はシンプルだし、手がかりはかなり明瞭だしで、さすがにこれは途中で正解が分かった。むしろ語り手の梨木楓が分からなかったのが不思議なくらい。結末のとある記述に目が止まる。これはもしかして、続編への伏線ではないのか。