累風庵閑日録

本と日常の徒然

『横溝正史探偵小説選V』 論創社

●『横溝正史探偵小説選V』 論創社 読了。

「探偵小僧」
 松野一夫の挿絵が凄い。毎回毎回わずが四、五行の本文から、文字通り絵になる瞬間を抽出して挿絵に仕立てている。描かれている人々の表情も動きも、なんと活き活きしていることか。

 内容は探偵小僧と三津木俊助とが、悪の怪人びゃくろう仮面との闘争を繰り広げる。「びゃくろう」の表記は平仮名である。びゃくろう仮面は変装の名人なので、当然展開は変装、変装、また変装。負けじと三津木も変装し、探偵小僧も妙な被り物をまとってみせる。

 闘いの舞台は地上のみならず、空中から海中まで縦横無尽。いかにもジュブナイルらしく、動きが多いというより動きしかない。沈思黙考して推理を巡らすなんて場面は、ジュブナイルにはお呼びでないだろう。

 余談だが、この作品には正史お気に入りのシチュエーションが使われている。悪漢が、警官や野次馬を映画の撮影だとだまして逃走するエピソードである。このエピソードは他にも、「変幻幽霊盗賊」、「黒衣の道化師」、「まぼろしの怪人」といった作品に流用されている。

「仮面の怪賊」
 たかがジュブナイルと侮ってはいけない佳作。短いページに複雑なストーリーが詰め込まれているし、意外な真相もきっちり用意されている。てっきりジュブナイルの定法通りだと思ってたら、してやられてしまった。

 ところで、ここに登場する名探偵保科鉄光のネーミングがちょっと興味深い。押川春浪の手になるホームズの翻案はホシナ大探偵という名前だし、三津木春影の手になるルパンの翻案は隼白鉄光という名前である。深読みのしすぎかもしれんが、ドイルやルブランの遠い谺が聞こえてくる気がするではないか。

「不死蝶(雑誌連載版)」
 ひとまず読んだ。このあともう一度、改稿バージョンである角川文庫と照らし合わせながらざっと目を通す予定である。今の段階で、すでに両者の大きな違いが見えている。

「女怪」
 中絶作品である。登場人物がやけに魅力的。デカダン趣味が高じて半ば世捨て人となった山名耕作、山名のデカダン趣味の師匠で劇団座付作者の那柯八郎、浅草通の新聞記者岩野潤吉、後家専門の色事師かつ近代的浮浪者の町田考平、その他ひと癖もふた癖もある面々が、花形女優河合百合子を中心にして様々に思惑を巡らしてゆく。

 実際のところ、連載開始の時点で正史がどこまで全体構を固めていたのかは分からない。だが、発表されている部分だけでもちょいちょい結末を暗示する文章が残されているのが気になる。

「神の矢」
 冒頭の短い分量で舞台背景を説明する手際がお見事。「獄門島」や「八つ墓村」に見られた書きっぷりが、ここでも発揮されている。信玄の隠し湯から語り起こし、戦前の別荘地としての発展、そして戦後の衰退と退廃へと筆を運ぶ。話が現在へ移ったところで、汽車から降りた三津木俊助登場。そこからたちまち、主要登場人物の顔ぶれを揃えてみせる。

 煽り文句がいい感じ。「一種不可解な、妙な薄気味悪い事件であった」だなんて、「妙にネチネチとした、えたいの知れぬ殺人」と書いてた「八つ墓村」を彷彿とさせるではないか。

 平穏な日常を脅かす中傷の手紙の跳梁が語られるものの、本格的な事件はまだ起きていない。これからどう発展してゆくのか、今となっては想像するしかない。完結すれば由利先生ものの戦後第二長編になったはずの作品である。これはどうも、中絶がまことに残念である。

 登場人物のネーミングもちと興味深い。宇賀神通泰という心霊研究家と阿知波薬子という霊媒が登場する。後年の横溝作品「迷路の花嫁」には、キーパーソンとして宇賀神薬子なる霊媒が登場する。

「失われた影」
 打って変わってこちらはB級ハードボイルドの味わい。犯人消失という不可能犯罪の興味はあるが、作者の力点がどこまでそっちにあったのか定かではない。犯人に擬せられて逃亡した、影を失った男の復讐譚。中絶が残念は残念だが、「神の矢」ほどではない。

●ところでこれで、論創社の論創ミステリ叢書を第百巻まで読み終えたことになる。残りは二十四冊。今後の読破ペースと論創社さんの刊行ペース次第だが、新刊に追いつくのは早くて来年、遅くとも再来年になりそうである。

『シャーロック・ホームズ アンダーショーの冒険』 D・マーカム編 原書房

●『シャーロック・ホームズ アンダーショーの冒険』 D・マーカム編 原書房 読了。

 四巻から成る大部のホームズパスティシュアンソロジーから精選した作品集だそうで。編者デイヴィッド・マーカムの手になる「質屋の娘の冒険」は、いかにもパスティシュらしいパスティシュで好感が持てる。その書きっぷりはホームズシリーズに詳しい者が、どうしても抑えることができずについ数多の小ネタを盛り込んでしまったような。溢れんばかりのホームズ愛が、ドイルが書きそうにない書き方にさせてしまう。その辺りの機微が微笑ましい。

 デニス・O・スミス「沼地の宿屋の冒険」は、冒頭の謎が奇妙で魅力的。マシュー・ブース「死を招く詩」はきちんと伏線が張ってあって、ミステリ色が濃いのが好み。ビル・クライダー「無政府主義者の爆弾」は、正典にちょいちょい矛盾があることを上手く取り込んでアイデア賞もの。

 リンジー・フェイ「柳細工のかご」は事件そのものは(伏字)なんざ使ってどうもいただけないが、作中で描かれるホームズとワトスンとレストレード警部との関係性にぐっとくる。ジェイムズ・ラヴグローヴ「植物学者の手袋」は伏線やなんか事件の経緯が整っているし、蜜蜂の扱い方がちょいと気が利いている。

『大河内常平探偵小説選II』 論創社

●『大河内常平探偵小説選II』 論創社 読了。

 戦争と貧困と病苦と麻薬と。陰か陽かで言えば間違いなく陰の作風である。湿っぽさがしんどくて一気に通読出来ず、間に一日別の本を挟んで、読了まで四日もかかってしまった。

 中編「松葉杖の音」は、結末を読むと途中でちょいちょい伏線が張られていたことが分かる。だがせっかくの伏線なのに、そこから推理を巡らせてゆく流れがどうも荒っぽいのが残念。美点としては殺人トリックが面白いのと、主人公格の田辺勝蔵がなかなか読ませる造形をしている。人物造形の面白さと言えば「廃墟」の夫婦者の処世術や、「クレイ少佐の死」の奇矯な少佐も記憶に残る。

 他に気に入った作品を挙げておくと、「坩堝」は視点が次々に変わり、それに伴って事件の様相も変わってゆく構成が上々。「相剋」は、人物設定と情報の配置とが上手い。「囮」は、物事の意外なつながりが秀逸。「風邪薬」も、ありがちではあるが物事が関連することの面白さがある。「夕顔の繁る盆地に」や「蝕まれた巷」は、収録作中では数少ないトリック趣味が盛り込まれて私好み。

 突出したベストは「暫日の命」であった。謎の設定もその真相もちょっとしたもの。だがそれよりも構成が上出来な秀作。

●お願いしていたカーの同人誌が届いた。
『Murder,She Drew Vol.2』
 カーの歴史ミステリがテーマである。素晴らしい。だが私は、この本を手に取るには少々勉強不足である。歴史もの現代ものを問わず未読作品はあるし、既読作品も内容をすっかり忘れている。

『トム・ソーヤーの探偵・探検』 M・トゥエイン 新潮文庫

●『トム・ソーヤーの探偵・探検』 M・トゥエイン 新潮文庫 読了。

「トム・ソーヤーの探偵」
 予想外の秀作。あっぱれ定石通りのミステリに仕上がっている。トムはご立派な名探偵ぶりを発揮しているし、意外な真相もきっちり盛り込まれている。サスペンスも上々。もっとも、それらの要素のどれもが突出したものではなく、いわばよくある話ではあるが。

 ここで大事なのは、よくある話が欠点ではないということ。突き抜けたネタよりも、全然意外でない「意外な真相」の方が、いい歳して読むジュブナイルミステリには望ましい。型通りであることが滋味になっているのだ。

「トム・ソーヤーの探検」
 これもまた予想外の秀作。マッドサイエンティストが発明した気球に拉致されて、アメリカ大陸を飛び立ったトム一行。ほら吹き男爵と落語とを合わせたような奇矯な物語で、壮大な馬鹿馬鹿しさが漂う。交わされる会話もどこかずれていて楽しい。ご隠居と八っつあん熊さんの会話のような。

『悔恨の日』 C・デクスター ハヤカワ文庫

●『悔恨の日』 C・デクスター ハヤカワ文庫 読了。

 読んでいる途中で犯人も真相も、その仮説がくるくると変わってゆく。これぞデクスターである。だが今回は六百ページに近い分量なので、いくら仮説が変わるといっても物語の密度はちと低め。最後の真相に至る筋道は、私の好みではない(伏字)するパターンなので、その点も残念なところ。

 巻末解説に指摘されているように、登場人物に順繰りに容疑を当てはめてゆくような流れなので真相の意外性はさほどでもない。むしろ意外なのは途中の展開で。予想外の人物が殺されたり、予想外の人間関係が明るみに出たりで飽きない。

 だが、以上のような要素は実のところ大きな問題ではないのだ。この作品の主題は、何よりもまずモース主任警部自身なのである。異常天才モースの最後の物語として十分に面白かった。

 これでシリーズをほぼ読み終えた。本に収録されていない短編があるようだが、それはもういい。シリーズ外の作品には手を出していないので、デクスターはこれで打ち止めとする。

●注文していた本が届いた。
『新吉捕物帳』 大倉燁子 捕物出版

列車探偵ハル

●honto経由で取り寄せを依頼していた本を受け取ってきた。
『列車探偵ハル』 M・G・レナード&S・セッジマン ハヤカワ・ジュニア・ミステリ

●今月の総括。
買った本:七冊
読んだ本:十一冊

『金蠅』 E・クリスピン ポケミス

●『金蠅』 E・クリスピン ポケミス 読了。

 今日はどうも気力が無いので、読んだという事実だけを記しておく。殺人手段の外連味が上々。今風の新訳で再刊されればイメージがまるで変わってきそうな作品である。

『千両文七捕物帳 第一巻』 高木彬光 捕物出版

●『千両文七捕物帳 第一巻』 高木彬光 捕物出版 読了。

 設定は実に典型的。主人公は男前の捕物名人。子分はお顔の方がちょいと心細い粗忽者。上司の与力もライバルの横暴な目明しも、ちゃんと登場する。そういう記号的な人物配置なので、こりゃあどうもあまり期待できないと思いながら読み始めた。ところが意外なほどミステリ濃度の高い作品がちょいちょい含まれていて、嬉しい驚きであった。

「女天一坊」はちょっとした佳作。誰が何を知っていたがキモになる展開と、犯人につながる手がかりがきちんと書かれていること。ミステリの筆法が押さえられている。

「雪おんな」はトリッキーな真相が楽しいが、以前読んだジュブナイルの流用であることも興味深い。年代を確認していないのであるいは順番が逆かもしれない。さらにもしかして、神津ものにも同趣向の作品があるかもしれない。高木彬光は詳しくないので、よく分からん。

「悲恋女掏摸」は、思い切ってベタな人情噺になんと不可能犯罪がからむ。「物をいう生首」は結末がどうも荒っぽくて高い点数は付けられないが、キモとなる状況が異様。

 題名を書かない某作品は、短いページに複雑なストーリーを盛り込み、さらにはエラリー・クイーンの短編ネタまでも突っ込んだ意欲作。

 その他、解決部分はさておき、人を殴り殺す大天狗だの、付け文をする幽霊だの、人を噛み殺す毒蛇娘だの、冒頭の謎はいろいろバラエティ豊かである。

●お願いしていた本が届いた。
『村に医者あり』 大坂圭吉 盛林堂ミステリアス文庫
『本の探偵2 戦後探偵小説資料集I』 森英俊野村宏平編著 盛林堂ミステリアス文庫

●昨日開催された横溝正史読書会の録音データから文字起こし。だが時間が足りなくなり、整理して公開するところまでたどり着かず。公開は明日以降に先送りする。

第四回横溝正史読書会 「幽霊男」

●第四回オンライン横溝読書会を開催した。課題図書は「幽霊男」。雑誌『講談倶楽部』に、昭和二十九年に連載された作品である。参加者は私を含めて十名。

●会ではネタバレ全開だったのだが、このレポートでは当然その辺りは非公開である。なお各項目末尾に数字が付されている場合、角川文庫『幽霊男』旧版のページを示す。

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◆まずは参加者各位の感想を簡単に語っていただく
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「初読のときはエログロな印象だったが、今回再読するときちんと伏線が張ってあることに気付いた」
「土曜ワイド劇場あたりでやれたらいいなあという適度なエロさと適度なグロテスクさ」
「久しぶりに読んで、思ってたよりちゃんと内容が練られていた」
「あのキャラクタ作りはどこからきたのか興味を覚えた」
「こんな殺され方はしたくない」
「真相を知って二回目に読むと面白さが立ち上がってくる作品。さらに改稿作品まで読むとめちゃくちゃ面白い」
「地味な本格ミステリが好きなので、この作品は面白すぎる」
「通俗ものを逆手に取ってやろうというたくらみがあったのでは」
「乱歩の作品にけっこう近い」
「通俗スリラーとしては高評価だったが、今回精読してみるとツッコミどころが多かった」

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◆作品に対するツッコミ
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 通俗スリラーなので、かなり緩い。いろいろ指摘したい箇所があるが、批判だとかけなすだとかではなく、愛のあるツッコミというやつである。もちろん、中盤以降の非公開部分にもツッコミどころは大いにある。

「車のトランクって、鍵付いてなかったのか」

「麻酔で運転手は寝ないのか。そして麻酔銃って簡単に手に入ったのか」
「どちらかというと水鉄砲みたいな感じだと思う」
「麻酔薬でみんな一瞬で眠るけど、そんな強力な薬はあったのか」
「そこはロマン」

「百花園の池の小島で脚が発見されるのが十一時半。その三十分後にマリが現場に人を連れてくる。その一行の中に、たった今ホテルに着いたばかりの加納博士がいる。ところが加納博士がホテルに着いたのは十二時半(P139)」

「ストーリーを追うんじゃなくて、ここの矛盾が……という読み方が楽しくなってくる」

金田一耕助がY先生に語って、それにY先生がちょっと色を付けた作品だと思ってあげると、ドラマチックに読めるんじゃないかな。そうい風に思ってあげると、Y先生さすがですねえ、盛り上げるねえ、ということで矛盾も問題にならない」
「倶楽部雑誌の連載なので、基本方針がノリノリ」

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◆事件と犯人と
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「そんなに殺人が必要だったのか。最初と最後だけで成立しそう」
「必要ではないけど、快楽殺人だった」
「訳の分からないことをやっている不気味さを表現したかったのかと思う」

「杉本カバーの表紙絵で怪人のイメージが明確だけど、中身だけ読むと造形が曖昧。わずか数行のうちに、幽霊、気の狂った、吸血鬼、悪魔、と四つもキーワードが出て印象がぶれる(P61)」
「小指が無くて蜘蛛が好きなんて津村の特徴も重なって、イメージがふんわりしてしまう」

「情報の提示の仕方に特徴がある。貞子が昔の経験を語って、津村らしい男の小指を噛み切ったと話す(P70)。ここで初めて、津村の小指が欠けているという情報が出てくる。その晩美津子が誘拐され、翌朝菊池が保護される。その時点で、すでに警察は津村の小指が欠けていることを把握している(P92)。つまり、貞子の話とは別に警察は独自の調査で津村の小指欠損を把握していた」
「警察はすでに津村に目を付けていた。事件が起きたアトリエは津村のものだったし」

「再読だったんだけど犯人を憶えていなかったので、再読ならではの読み方ができなかった」
「この後もう一回読めばいいよ」
「犯人の痛さを読める」
「寒っ、って思う」

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◆みなさんいろいろ喋りたいネタがある
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「ヌード撮影のとき花壇で寝そべって花を押し潰していいのか?」
「花の種類を総入れ替えするタイミングだったんじゃないの?」
「それよりも、裸で寝そべったらチクチクしたり虫が付いたりが嫌」
「よっぽどギャラをはずんでいただかないと」

「あの人形は凄い」
「関節が自由に曲がるよう作ってくれなんて、簡単に言うなあ」
「しかも指まで曲がるし」
「五万円で十五日で仕上げるなんて、どんだけ短納期で安いんだこの人」
「もっと金を取れ」

「麗人劇場で、上から降りてくる水玉ってのがよく分からない」
「中で人が踊るなんて、耐荷重的にどうなってるの」
「人間を直接支えるんなら歌舞伎の宙乗りみたいで分かるけど、入れ物の中に人が入っている」

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◆建部健三の造形について
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「健三は三十歳前後。二十二、三歳で親のコネで新聞社に入れてもらって、以来八年くらい経っているのにこれといった仕事をしていない。たまに記事をとると握りつぶされる(P249)とあるけど、そもそも書く量が少ないから載せてもらえないんじゃないのか」
「社会部で八年もものにならなかったら、経理にでも総務にでも行きなよ」
「モデルさん達にも、あんなお坊ちゃんなんて言われてる」

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◆加納三作の造形について
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「加納博士が百花園ホテルの電話番号を知らないと言ってるけど、あんた三人の幹事の一人でしょ」
「連絡先くらい知っとけよ」
「三人のなかでは一番まともな人だと思ったのに」
 この人物に関しては中盤以降にこそ大いに語るべきネタがあるのだが、非公開。

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金田一耕助について
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 百花園ホテルでボーイに変装した金田一耕助に、参加者がざわつく。
「最高だよ生意気なボーイ」
「にやにやしている(P111)」
「お前に言われたくねえよ」
「もはや仮装」
「隠す気ないもん」
「よくかぶれる帽子があった」
「髪が収まってない」
「いったん投げ捨てた帽子をかぶり直してる」

「等々力警部が、がっかりしている金田一耕助の手をとってもとの部屋に連れて帰る(P150)」
「一部の読者が喜びそうな描写」
「等々力警部は、金田一さんが落ち込むことをとにかく気にしている」

金田一耕助は某人物が犯人ではないと言ってるが、そう判断する根拠はあるのか」
「勘じゃないの」
「裏で調べがついてるんじゃないのかなあ」
金田一耕助は結構裏でいろいろやる」

金田一耕助が芝居気たっぷりに大見得を切っている(P242)のが大好き」
「なんか全て分かってるっぽい金田一さんが好き」

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◆ミステリとしての趣向
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 この作品は、通俗スリラーにしては本格ミステリテイストが濃くて、いろいろ趣向が凝らされている。当日はその点に関してもいろいろ語られたのだが、ほとんどが真相に直結している。差し支えない範囲で一点だけ公開しておく。

「ホテルのドアは鍵で開けてるけどトランクの鍵は壊したという小ネタが大好き」

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◆改稿作品について
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 この作品は、後にお役者文七もの「江戸の陰獣」に改稿されている。さらにその後、人形佐七ものの「浮世絵師」に改稿されている。三者の比較についても話題に上った。

「「幽霊男」を書いた時、横溝正史は五十二歳。五十七歳でお役者文七「江戸の陰獣」に書き換えるときに筆に粘りが出て、えっちな描写が濃くなってくる。さらに六十六歳で佐七版「浮世絵師」に書き換えたときには他に連載が無い時期なので、腰を据えて書き直している」
「佐七版は描写がえぐい」
「捨松がえぐい」
「幽霊男はプレイングマネージャーだが、佐七版では監督に専念する」
「「江戸の陰獣」の方が中身はあっさりで、むしろタイトルがあっさりしている「浮世絵師」の方が中身はえぐい」

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◆ネタバレ非公開部分のキーワードだけ並べておく
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 急に出てきたあの人のことはどこまで事前に考えてあったのか、三十分じゃ間に合わない、感心したネタ、どんどん幼くなる、ある種の名犯人、凄い奥様達、なぜ声をかけたのか、死後硬直、シビレル書き方、ラッキー解決、真相を知って読む面白さ。

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◆終了
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 二時間はあっという間に過ぎて、特にまとめもないまま終了。あえてまとめ的なことを書くならば、この作品は二度読むべし。二回目は犯人の言動に注目すべし。改稿作品である「江戸の陰獣」も「浮世絵師」もぜひ読むべし。ただし、幽霊⇒陰獣⇒浮世絵、という順番は守ること。

『飛鳥高探偵小説選II』 論創社

●『飛鳥高探偵小説選II』 論創社 読了。

 メインの長編「死を運ぶトラック」は、結末が(伏字)点を除けばなかなかの秀作であった。序盤の謎とそこから派生するテーマは、巻末解題にあるようにアイリッシュを思わせるサスペンスがあってなるほどと思う。警察の捜査の模様が主体となる中盤以降は、地味で堅実な展開が私好み。山峡の温泉場が舞台になるエピソードもあって盛り沢山である。

「拾った名刺」はヤクザの下っ端が我欲のために探偵役を務める設定が面白いし、結末も悪くない。「大人の城」と「猫とオートバイ」の二作は、叙情的と評するにはいささかハードだが、登場人物の心情が胸に迫る。

「狂った記録」は、堅実な展開の中にちょっとしたトリックが仕込まれていて読み応えあり。「狂気の海」と「お天気次第」とは、展開に捻りがある秀作。