累風庵閑日録

本と日常の徒然

第四回横溝正史読書会 「幽霊男」

●第四回オンライン横溝読書会を開催した。課題図書は「幽霊男」。雑誌『講談倶楽部』に、昭和二十九年に連載された作品である。参加者は私を含めて十名。

●会ではネタバレ全開だったのだが、このレポートでは当然その辺りは非公開である。なお各項目末尾に数字が付されている場合、角川文庫『幽霊男』旧版のページを示す。

============
◆まずは参加者各位の感想を簡単に語っていただく
============
「初読のときはエログロな印象だったが、今回再読するときちんと伏線が張ってあることに気付いた」
「土曜ワイド劇場あたりでやれたらいいなあという適度なエロさと適度なグロテスクさ」
「久しぶりに読んで、思ってたよりちゃんと内容が練られていた」
「あのキャラクタ作りはどこからきたのか興味を覚えた」
「こんな殺され方はしたくない」
「真相を知って二回目に読むと面白さが立ち上がってくる作品。さらに改稿作品まで読むとめちゃくちゃ面白い」
「地味な本格ミステリが好きなので、この作品は面白すぎる」
「通俗ものを逆手に取ってやろうというたくらみがあったのでは」
「乱歩の作品にけっこう近い」
「通俗スリラーとしては高評価だったが、今回精読してみるとツッコミどころが多かった」

============
◆作品に対するツッコミ
============
 通俗スリラーなので、かなり緩い。いろいろ指摘したい箇所があるが、批判だとかけなすだとかではなく、愛のあるツッコミというやつである。もちろん、中盤以降の非公開部分にもツッコミどころは大いにある。

「車のトランクって、鍵付いてなかったのか」

「麻酔で運転手は寝ないのか。そして麻酔銃って簡単に手に入ったのか」
「どちらかというと水鉄砲みたいな感じだと思う」
「麻酔薬でみんな一瞬で眠るけど、そんな強力な薬はあったのか」
「そこはロマン」

「百花園の池の小島で脚が発見されるのが十一時半。その三十分後にマリが現場に人を連れてくる。その一行の中に、たった今ホテルに着いたばかりの加納博士がいる。ところが加納博士がホテルに着いたのは十二時半(P139)」

「ストーリーを追うんじゃなくて、ここの矛盾が……という読み方が楽しくなってくる」

金田一耕助がY先生に語って、それにY先生がちょっと色を付けた作品だと思ってあげると、ドラマチックに読めるんじゃないかな。そうい風に思ってあげると、Y先生さすがですねえ、盛り上げるねえ、ということで矛盾も問題にならない」
「倶楽部雑誌の連載なので、基本方針がノリノリ」

============
◆事件と犯人と
============
「そんなに殺人が必要だったのか。最初と最後だけで成立しそう」
「必要ではないけど、快楽殺人だった」
「訳の分からないことをやっている不気味さを表現したかったのかと思う」

「杉本カバーの表紙絵で怪人のイメージが明確だけど、中身だけ読むと造形が曖昧。わずか数行のうちに、幽霊、気の狂った、吸血鬼、悪魔、と四つもキーワードが出て印象がぶれる(P61)」
「小指が無くて蜘蛛が好きなんて津村の特徴も重なって、イメージがふんわりしてしまう」

「情報の提示の仕方に特徴がある。貞子が昔の経験を語って、津村らしい男の小指を噛み切ったと話す(P70)。ここで初めて、津村の小指が欠けているという情報が出てくる。その晩美津子が誘拐され、翌朝菊池が保護される。その時点で、すでに警察は津村の小指が欠けていることを把握している(P92)。つまり、貞子の話とは別に警察は独自の調査で津村の小指欠損を把握していた」
「警察はすでに津村に目を付けていた。事件が起きたアトリエは津村のものだったし」

「再読だったんだけど犯人を憶えていなかったので、再読ならではの読み方ができなかった」
「この後もう一回読めばいいよ」
「犯人の痛さを読める」
「寒っ、って思う」

============
◆みなさんいろいろ喋りたいネタがある
============
「ヌード撮影のとき花壇で寝そべって花を押し潰していいのか?」
「花の種類を総入れ替えするタイミングだったんじゃないの?」
「それよりも、裸で寝そべったらチクチクしたり虫が付いたりが嫌」
「よっぽどギャラをはずんでいただかないと」

「あの人形は凄い」
「関節が自由に曲がるよう作ってくれなんて、簡単に言うなあ」
「しかも指まで曲がるし」
「五万円で十五日で仕上げるなんて、どんだけ短納期で安いんだこの人」
「もっと金を取れ」

「麗人劇場で、上から降りてくる水玉ってのがよく分からない」
「中で人が踊るなんて、耐荷重的にどうなってるの」
「人間を直接支えるんなら歌舞伎の宙乗りみたいで分かるけど、入れ物の中に人が入っている」

============
◆建部健三の造形について
============
「健三は三十歳前後。二十二、三歳で親のコネで新聞社に入れてもらって、以来八年くらい経っているのにこれといった仕事をしていない。たまに記事をとると握りつぶされる(P249)とあるけど、そもそも書く量が少ないから載せてもらえないんじゃないのか」
「社会部で八年もものにならなかったら、経理にでも総務にでも行きなよ」
「モデルさん達にも、あんなお坊ちゃんなんて言われてる」

============
◆加納三作の造形について
============
「加納博士が百花園ホテルの電話番号を知らないと言ってるけど、あんた三人の幹事の一人でしょ」
「連絡先くらい知っとけよ」
「三人のなかでは一番まともな人だと思ったのに」
 この人物に関しては中盤以降にこそ大いに語るべきネタがあるのだが、非公開。

============
金田一耕助について
============
 百花園ホテルでボーイに変装した金田一耕助に、参加者がざわつく。
「最高だよ生意気なボーイ」
「にやにやしている(P111)」
「お前に言われたくねえよ」
「もはや仮装」
「隠す気ないもん」
「よくかぶれる帽子があった」
「髪が収まってない」
「いったん投げ捨てた帽子をかぶり直してる」

「等々力警部が、がっかりしている金田一耕助の手をとってもとの部屋に連れて帰る(P150)」
「一部の読者が喜びそうな描写」
「等々力警部は、金田一さんが落ち込むことをとにかく気にしている」

金田一耕助は某人物が犯人ではないと言ってるが、そう判断する根拠はあるのか」
「勘じゃないの」
「裏で調べがついてるんじゃないのかなあ」
金田一耕助は結構裏でいろいろやる」

金田一耕助が芝居気たっぷりに大見得を切っている(P242)のが大好き」
「なんか全て分かってるっぽい金田一さんが好き」

============
◆ミステリとしての趣向
============
 この作品は、通俗スリラーにしては本格ミステリテイストが濃くて、いろいろ趣向が凝らされている。当日はその点に関してもいろいろ語られたのだが、ほとんどが真相に直結している。差し支えない範囲で一点だけ公開しておく。

「ホテルのドアは鍵で開けてるけどトランクの鍵は壊したという小ネタが大好き」

============
◆改稿作品について
============
 この作品は、後にお役者文七もの「江戸の陰獣」に改稿されている。さらにその後、人形佐七ものの「浮世絵師」に改稿されている。三者の比較についても話題に上った。

「「幽霊男」を書いた時、横溝正史は五十二歳。五十七歳でお役者文七「江戸の陰獣」に書き換えるときに筆に粘りが出て、えっちな描写が濃くなってくる。さらに六十六歳で佐七版「浮世絵師」に書き換えたときには他に連載が無い時期なので、腰を据えて書き直している」
「佐七版は描写がえぐい」
「捨松がえぐい」
「幽霊男はプレイングマネージャーだが、佐七版では監督に専念する」
「「江戸の陰獣」の方が中身はあっさりで、むしろタイトルがあっさりしている「浮世絵師」の方が中身はえぐい」

============
◆ネタバレ非公開部分のキーワードだけ並べておく
============
 急に出てきたあの人のことはどこまで事前に考えてあったのか、三十分じゃ間に合わない、感心したネタ、どんどん幼くなる、ある種の名犯人、凄い奥様達、なぜ声をかけたのか、死後硬直、シビレル書き方、ラッキー解決、真相を知って読む面白さ。

============
◆終了
============
 二時間はあっという間に過ぎて、特にまとめもないまま終了。あえてまとめ的なことを書くならば、この作品は二度読むべし。二回目は犯人の言動に注目すべし。改稿作品である「江戸の陰獣」も「浮世絵師」もぜひ読むべし。ただし、幽霊⇒陰獣⇒浮世絵、という順番は守ること。