累風庵閑日録

本と日常の徒然

『佐左木俊郎探偵小説選I』 論創社

●『佐左木俊郎探偵小説選I』 論創社 読了。

 メインの長編「狼群」が、意外なほど面白い。政治家暗殺を狙う犯人グループと、組織力にモノを言わせる警察との対決。舞台は房総半島の山林。刻々と変わる状況に応じて都度襲撃計画を修正して臨む犯人側と、ともすれば後手に回りそうな警察との、虚々実々の駆け引き、追跡、騙し合い。

 ポイントは、まず行動を描いていること。情景描写はあっさりしたもんだし、心情を長々と書き連ねるブンガク臭もない。これって、探偵小説というより冒険小説のノリである。ジャック・ヒギンズだとかアリスティア・マクリーンだとかのあれだ。屋外を舞台にしたマンハントものなら、そのままの設定で海外冒険小説になりそう。

 たとえば、こうだ。ナチス高官暗殺の密命を帯びた英国人殺し屋が、高官の別荘付近に潜伏する。やがてその脅威を察知したナチス警察隊を向こうに回し、シュヴァルツヴァルトを舞台にした追跡劇が始まる。ちょっと読んでみたい。

「恐怖城」は、北海道の開墾地を舞台に野望と欲と憎しみとが交錯する、ちょいとハードな犯罪小説。積極的に読もうとは思わないタイプの作品であるが、たまに読むならこういう味も悪くない。

『シャーロック・ホームズの世界』 長沼弘毅 文藝春秋

●『シャーロック・ホームズの世界』 長沼弘毅 文藝春秋 読了。

 オーソドックスなシャーロキアン本。扱われているテーマは、ホームズの芝居気、コカイン、変装、電話と電報、医者としてのワトスン、など。第五章「ホームズとピストル」で語られる、ホームズはピストルの腕前にはあまり自信がなかったという論考はちょっと興味深い。

 本書の歴史的意義には敬意を表するが、テーマによってはあまり興味を感じられず、そうですか、と思うしかないものも少なくない。全体ではさっと流す感じで読んでしまった。私はシャーロキアンではないので、やむを得ないことである。

『夢の丘』 A・マッケン 創元推理文庫

●『夢の丘』 A・マッケン 創元推理文庫 読了。

 多感で奇矯な文学青年の、幼年期から青年期までの人生録。主に五種類の描写が、前後関係がてんでんばらばらに入り乱れて綴られる。その五種類とは、青年が文学や人生についてあれこれ考える様子と、ロンドンで見た実際の情景と、それに触発された妄想と、幼年期に田舎で暮らしていたころの回想と、幼年期に弄んでいた妄想と。その筆の運びは自由自在で、時には今読んでいるのが情景描写なのか心象風景なのか判然としない。あるいは現実か妄想なのかはっきりしない。

 どうもこれは、ちゃんとした感想を書けそうにない。読んでいると昔の自分の、幼さ故の愚かさを思い出して身悶えしそうになる。というのが感想。

●書店に寄って本を買う。
エラリー・クイーン創作の秘密』 J・グッドリッチ編 国書刊行会

●お願いしていた本が届いた。
ベッドフォード・ロウの怪事件』 J・S・フレッチャー 論創社
ネロ・ウルフの災難 外出編』 R・スタウト 論創社
『消える魔術師の冒険』 E・クイーン 論創社

 今月刊行のフレッチャーがなかなか届かずやきもきしていたのだが、これでひと安心である。それどころか、今月下旬に刊行予定の本まで送られてきて、これはこれで嬉しい。

『千両文七捕物帳 第二巻』 高木彬光 捕物出版

●『千両文七捕物帳 第二巻』 高木彬光 捕物出版

 第一巻を読んだ経験から、このシリーズはわずかでもミステリ的趣向が含まれていればそれでよしというくらい、ハードルを下げて臨むことにする。「神かくしの娘」は、一応のロジックもあるし心理の綾もある佳品。「火炎太鼓」は、作りすぎではあるがちょっとした(伏字)があってそこそこの出来。

「二人の銀次郎」は『別冊宝石』掲載だけあって、他愛ない真相ではあるが不可能犯罪を扱っているのが目を引く。「新牡丹燈籠記」は捻りもあるしちょっとした小ネタもあるしで悪くない。「棒いたち」は奇天烈さで抜きんでている。

 一番の驚きは「離魂病」で。なんとまあ、海外のよく知られた大ネタを流用しているではないか。ミステリファンにとっては「(伏字)ネタ」の一言で通じるほどポピュラーなので真相に対する驚きはないが、そんなネタをぬけぬけと使っている作劇法に驚いた。

●お願いしていた本が届いた。
『YOUCHAN個展図録 ゾランさんと探偵小説』 盛林堂ミステリアス文庫

『延原謙探偵小説選II』 論創社

●『延原謙探偵小説選II』 論創社 読了。

 わずか数ページの、しかも捻りや切れ味で勝負するタイプではない掌編が多い。コメントを付けたいと思う作品は少ない。一番気に入ったのが「カフェ為我井の客」である。主人公の奇人為我井(ためがい)君が醸し出す、どうにもしょうのないユーモアが楽しい。「妻君とカタラうにも為我井は(以下六十字削除)」と書いてある、もうこれだけで可笑しい。

 懸賞クイズ集である「誌上探偵入学試験」のうちの第五問「砂丘の足跡事件」は、題名の通り砂丘に記された複数の足跡から、現場で何が起きたかを読者に再現させるもの。その要求水準はあまりに高くあまりに詳細を求め、二ページ半の問題文に対して設問が十もある。クイズ形式でなしに、例えばソーンダイク博士のような堅実派名探偵を主人公にしてちゃんとした短編ミステリに仕立てると、ちょっとした秀作になったかもしれない。

 後半は「勝伸枝作品集」である。これが予想外に気に入ってしまった。収録作中の双璧が「チラの原因」と「ヨンニヤン」で、登場する女学生達がスラングを喋ったり教師のゴシップに夢中になったり、実にそれらしく活き活きと描かれている。「墓場の接吻」と「嘘」とはなかなかに凄味な心理サスペンス。「身代わり結婚」は、なんかもういろいろどうでもよくなって勝手にやってろと思ってしまう好編。これでも褒めているのである。

『幸運な死体』 C・ライス ハヤカワ文庫

●『幸運な死体』 C・ライス ハヤカワ文庫 読了。

 事件そのもの複雑さと展開の派手さとが読みどころ。様々な出来事がどこでどうつながっているのかさっぱり分からない混沌とした状況に加えて、幽霊騒動まで持ち上がる。いつもならお馴染み三人組の活躍が読みどころなのだが、今回はマローン一人が前面に出ており、ジェークとヘレンとはやや背後に下がっている。

 殺人の実行犯は第一章で判明する。メインの謎は、殺人を命令した者は誰か。こういった謎の設定も含め、扱われている題材はどうやら組織犯罪らしい。物語が進むにつれてそんな情勢が見えてきて、オーソドックスな犯人探しミステリを手に取ったつもりが、おやおやと思う。それでも結末まですいすいページをめくって行ける軽快な味わいは、いつものライスで。読んでいる間は楽しい作品である。

『飛鳥高探偵小説選V』 論創社

●『飛鳥高探偵小説選V』 論創社 読了。

 メインの長編「ガラスの檻」は、昭和サラリーマン哀話といったところ。事件とその展開とは面白いが、その一方で身につまされて読むのがしんどくもある。作中で描かれている空気感や人間関係の構造は、時代が違えど現代でも大きく変わってはいないようで。自分の現実を追体験したくてミステリを読んでいるんじゃあないのだよ。

 他にいくつかの作品にコメントを付けるならば。「矢」は短いページに密度の高いロジックとアイデアとが詰まった秀作。「二粒の真珠」は密室のアイデアは面白いけれども、肝心なところで(伏字)に頼っているのが残念。

「短刀」はよく練られた仕掛けを買う。「東京駅四時三十分」はこの作者にしては珍しそうなスパイアクションで、たまに読むならこういうのも口が変わって悪くない。

 他に、結末に関わるので題名は挙げないけれども、動機が面白かったのが二編、結末の落とし方がちょいと効いているのが二編。

『祕密第一號 他一篇』 改造社

●『祕密第一號 他一篇』 改造社 読了。

 昭和五年に刊行された、世界大衆文学全集の第十一巻である。表題作、シドニイ・ホルラア「祕密第一號」はなかなかご機嫌な通俗スリラー。悪の秘密結社と主人公の青年との闘争劇が、早いテンポで描かれる。とにかく分かりやすいのが身上で、どこかで読んだような展開が次から次へとたたみかけてくる。

 舞台を江戸時代の日本に移して、幕府転覆を企む賊徒集団と青年剣士との闘いに仕立ててもそのまま通用しそう。結局、スリラー調娯楽物語の骨格は、洋の東西を問わず似通っているということか。

 併録のシェンキヴィッチ「モンテ・カルロにて」は、間延びしたくどい文章でつづられる、起伏に乏しいメロドラマ。訳者による本の序文に曰く、「少し静かなものを選んだ」そうで。

 ついでに書いとくと、作者名のうち「ヴィ」は本来なら「ヰに濁点」の表記であるが、なんと環境依存文字だそうで。ここでは便宜的に「ヴィ」を使っておく。

●書店に寄って本を買う。
『裏切りの塔』 G・K・チェスタトン 創元推理文庫
『運命の証人』 D・M・ディヴァイン 創元推理文庫

●お願いしていた本が届いた。
『夜光魔人』 大下宇陀児 湘南探偵倶楽部
『休日のミッション』 L・ブルース 湘南探偵倶楽部
からし菜のお告げ』 L・ブルース 湘南探偵倶楽部

今月の総括

●昨日まで読んでいた論創社飛鳥高を中断して、今日から別の本を読み始めた。飛鳥高がつまらないわけではなく、なんとなくの気まぐれである。

●今月の総括。
買った本:十二冊
読んだ本:十冊
 今月の創元推理文庫の、チェスタトンとディヴァインとをまだ買えてない。

『オールド・アンの囁き』 N・マーシュ 論創社

●『オールド・アンの囁き』 N・マーシュ 論創社 読了。

 一見平和な田舎の村で起きた殺人に、ロデリック・アレン主任警部が挑む。物語の流れは、地道に手がかりを集め堅実に推理を積み重ねてゆくオーソドックスなスタイルで、読んでいて実に居心地がいい。

 登場人物の造形も読みどころ。「老バシリスク」と評されるラックランダー夫人、アルコール依存症で弓の名手のサイス中佐、村の美しい風景をこよなく愛するケトル、なんて面々が活き活きと描かれている。終盤になってふとしたことから意外な側面を見せる某人物も捨て難い。

 数々の手がかりから事件前後のある人物の行動を見事に再現してみせるアレン。これが中盤のハイライト。アレンはまた、現場の状況と村の人間関係と、ある人物のちょっとした言葉から犯人の属性を見抜く。終盤で語られるその解釈が秀逸である。