累風庵閑日録

本と日常の徒然

『ランドルフ・メイスンと7つの罪』 M・D・ポースト 長崎出版

●『ランドルフ・メイスンと7つの罪』 M・D・ポースト 長崎出版 読了。

 法の抜け穴を探り、犯罪すれすれのところで依頼人の問題を解決する悪徳弁護士ランドルフ・メイスンのシリーズである。メイスンは、法律の条文を厳密に解釈することで問題を解決する。素人の私からすればあきらかに犯罪行為だと思える行動なのに、条文に従うなら有罪にはできないそうだ。

 まさかそんな法解釈が、などとロジックのアクロバットを駆使するような作品ではない。機知と策略とが展開されるコンゲーム小説でもない。メイスンの立案した計画がなぜ犯罪にならないか、条文に照らして説明される部分が、ミステリの種明かしに相当する。読者は、結末で提示される専門知識に恐れ入るしかない。その味わいは、一般に知られていない特殊な科学技術や薬品をトリックに使ったミステリと似たようなものであろう。

 その一方で、ちょっとした感動もある。この作品は、法が極めて厳正に運用されていることが前提である。物語世界の中では、住民感情や相手の社会的地位によって法の運用が恣意的に変えられることは決してないだろう。ある意味で、近代法治国家の理想像と言えるのではなかろうか。知らんけど。

●注文していた品物が届いた。皆進社さん発行の「『空気男爵』特製クリアファイル」である。本当なら先日買った『空気男爵』と一緒に注文すべきところ、うっかり忘れてしまっていた。あとから注文して、二度手間と送料とをかけさせてしまって恐縮です。

『都市の迷宮』 鮎川哲也/島田荘司編 立風書房

●『都市の迷宮』 鮎川哲也島田荘司編 立風書房 読了。

「ミステリーの愉しみ」の第四巻である。実にどうも粒揃いの、上出来なアンソロジーであった。以下、いくつか気に入った作品にコメントを付けておく。

 気の利いたダイイング・メッセージと着地点の捻りに妙を得た山村直樹「わが師、彼の京」、事件にも物語にも奥行きのある千葉淳平「或る老後」、盲点をついたシンプルな真相が魅力の島久平「街の殺人事件」、提示された謎がダイナミックな大谷羊太郎「消された死体」、といったところ。

 天藤真「隠すよりなお顕れる」は、用いられたメインのアイデアにちょいと感心。そしてこの作品は、複数作家が共用の名探偵を新規に作って持ち回りで作品を書いたアンソロジー名探偵登場』に収録されているという。たまたまこの本は手元にあるので、来年にでも通読してみたい。

●注文していた本が届いた。
シャーロック・ホームズ ジュニア翻案集』 北原尚彦編 盛林堂ミステリアス文庫
『獣の遠吠えの謎』 N・ヴァンドリ エニグマティカ叢書

『ペトロフ事件』 鮎川哲也 講談社大衆文学館

●『ペトロフ事件』 鮎川哲也 講談社大衆文学館 読了。

 読んだタイミングがちょうどよかったと思える本が時折ある。本書もその一例で、鮎川哲也の長編をほとんど読んでだいたいの味わいを知ったつもりになっていた今だからこそ、この着地点は意外だった。また、関係する伏線が(伏字)に出ていることもなかなかに感心する。

 巻末解説によれば、この真相は後期のバージョンで追加されたように読める。前期バージョンを確認するには雑誌「宝石」のコピーを図書館から取り寄せればいいので、さほど困難ではないだろう。困難ではないが手間はかかる、そこまでする気はないので、どなたか鮎川マニアのお方、よかったら違いを教えてください。

 作品の質とは関係ないが、大連の鉄道や港の描写は、個人的な記憶を呼び覚ます触媒となる。今はもう三十年以上昔、国鉄からJRに移行する前後くらいの時期に、私が(以下、自分語りが続くのでばっさり省略)。当時のあれこれを思い出して胸に響くものがある。

●注文していた本が届いた。
『空気男爵』 渡辺啓助 皆進社

●注文してい本をコンビニで受け取ってきた。
『振袖小姓捕物控 第四巻』 島本晴雄 捕物出版

『笑ってジグソー、殺してパズル』 平石貴樹 集英社

●『笑ってジグソー、殺してパズル』 平石貴樹 集英社 読了。

 冒頭に読者への挑戦が挿入されている。全四章のうち第三章の終わりまでで必要なデータが出揃うという。こうなると自ずと期待値も高まろうというものだ。で、読了後の結論としては、納得はするが満足度は高くない。犯人に到達する道筋の出発点に立つのに(伏字)が必要である。時々出くわすこういったタイプのミステリは、そんなの分かるわけないだろうと思ってしまう。まあ負け惜しみなのであるが。

 以下、気に入った点。早い段階で言及されているように、まさしくジグソーパズル殺人事件である。特に、現場にばらまかれていたジグソーパズルの意味については、こういうのだよ読みたいのは、と思う。事件全体を検討するロジックは隅々まで神経が行き届いていて、前段落の点を除けば概ね満足である。探偵役が事件解明に取り組むときに動機は考えないという。にもかかわらず、動機に関する伏線ですら数多く仕込まれている点は好ましい。

 何人か、妙に突き抜けた個性の持ち主が登場する。東北訛りで喋るサクマ刑事、要領が悪くて上司を苛立たせるモリシタ巡査、英語を勉強しているのがご自慢で会話中にむやみに英語を挟み込むサカキ家政婦、といった面々が、けっして主要登場人物ではないのに異様なまでに存在感を発揮して愉快である。

●注文していた本が届いた。
『ソーラー・ポンズの冒険』 A・ダーレス 綺想社

『列車探偵ハル』 M・G・レナード&S・セッジマン ハヤカワ・ジュニア・ミステリ

●『列車探偵ハル』 M・G・レナード&S・セッジマン ハヤカワ・ジュニア・ミステリ 読了。

「王室列車の宝石どろぼうを追え!」という副題が付いている。実にどうも、ちゃんとしたミステリであった。伏線があって捻りがあって、レッド・へリングがあって謎解きシーンも上々で。娯楽小説のお約束としてアクションシーンも盛り込まれている。宝石の隠し場所はちょいと独創的。いくつか気になる点はあるが、難癖をつけるようなものなのでここには書かない。

 主人公ハルは、目にしたものをなんでもスケッチしておく趣味があって、後々それが事件解決に効いてくる。手掛かりの一つは、鉄道好きの人物の行動によって得られる。その辺り、キャラクターの造形がきちんと事件に結びついているわけだ。

 今のタイミングでこの本を読んだのには理由がある。シリーズ第二巻が今月後半に出る予定なので、そいつを買うかどうかの判断材料にしたい。で、結論として第二巻の購入は保留。面白かったのに保留する理由は、主人公の造形にある。明るく素直でおりこうさんで前向きで、正義感が強く行動力もある。そういうのは、おじさんもうしんどいのだ。このレーベルの想定読者である小学生・中学生にこそ読まれるべき本である。

『ウィンストン・フラッグの幽霊』 A・R・ロング 論創社

●『ウィンストン・フラッグの幽霊』 A・R・ロング 論創社 読了。 

 富豪の遺産相続を巡る二人の女性間の係争が、ひとつの軸となっている。複数の遺言状、人の生死、結婚したタイミング、そういったいくつもの要素がからまりもつれあって、仮定と場合分けの迷宮となる。あまりにややこしくてちゃんと理解できたのか覚束ないが、このややこしさはロジックの遊びとして面白くもある。

 ミステリだから当然、もうひとつの軸は殺人事件である。道具立てはちょっとした怪奇ミステリにもなりうるもので、幽霊が出没する田舎の屋敷、消え失せた死体、衆人環視の中で行われる不可能犯罪、ってな具合。登場人物の造形も含めて事件全体のトーンが陽性なので、道具立てにもかかわらず怪奇味は薄いけれども。

 全体を覆うメインの趣向は外連味があって好ましい。不可能犯罪の真相は(伏字)的に無理じゃないかと思うネタだが、その辺の強引さもいっそ微笑ましい。展開の軽快さと二百ページしかない分量のおかげで、さっと読める。巻末解説にある、アメリカンB級ミステリの女王、という評言も頷ける。これは面白かった。

●書店に寄って本を買う。
『突然の奈落』 R・レヴィンソン&w・リンク 扶桑社ミステリー

『ケンカ鶏の秘密』 F・グルーバー 論創社

●『ケンカ鶏の秘密』 F・グルーバー 論創社 読了。

 もう何冊も読んでいるので、伏線の妙だのロジックだのを期待するシリーズではないことは最初から分かっている。結末があまりにあっけないのも含めて、いつものグルーバーである。レギュラーコンビの活躍をすいすい読みながら、軽快な味わいを楽しめばよろしい。

『ホッグズ・バックの怪事件』 F・W・クロフツ 創元推理文庫

●『ホッグズ・バックの怪事件』 F・W・クロフツ 創元推理文庫 読了。

 居間でくつろいでいた人物が、家人がちょっと目を離した数分後には部屋着、室内履きのまま失踪した。なるほど怪事件である。捜査を担当するのはお馴染みフレンチ警部。彼は何度も何度も壁に突き当たり、それでもあきらめずに丹念な捜査と緻密な考察とを積み重ねる。関係者のどんな証言もおろそかにせず、必ず裏を取る。当然の捜査手順なのだろうが、クロフツはそういった描写をひとつひとつ執拗に書いてみせる。好みの話だけども、これがすこぶる面白いのだ。安心安定のクロフツ印である。

 フレンチの人間味も微笑ましい読みどころ。土地の警察から借りた自転車であちこち捜査に赴きながら、一見平和な田舎の風景を楽しむ。思考が行き詰ったので頭を切り替えるために、映画やピクニックを楽しむ。結末で、事件を解決したことで上司からの評価が高くなることを密かに喜ぶ。

 肝心の真相は、残念ながらちょっと冷静になる内容であった。手掛かり索引の趣向は楽しいし、犯行計画はよく練られていると思うけれども。当然ここには詳しく書けない。以下、自分の心覚えのために非公開で書いておく。(一段落非公開)

●書店に寄って本を買う。
『吸血鬼文学名作選』 東雅夫編 創元推理文庫

『タワーの下の子どもたち』 仁木悦子・大井三重子 論創社

●『タワーの下の子どもたち』 仁木悦子・大井三重子 論創社 読了。

 仁木悦子少年小説コレクションの第三巻である。今回は大半が童話なので、読んで面白いかどうかとは別次元の本である。単行本未収録どころか未発表の作品まで収録されていて、そもそも読めるということに大きな意義がある。こうやって本の形にして刊行されたら、内容に刺さる読者は必ずいるはずだ。

 表題作の中編は連載された新聞が公共図書館になく、遺族が所持していた新聞切り抜きのスクラップブックから収録したという。これもまた大変なことだ。内容は、まあジュブナイルだからこんな感じの展開だろうとの予想が外れて、意外に起伏があって先が読めない。これはいい。