累風庵閑日録

本と日常の徒然

「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクト第三十回

●「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第三十回。今回は第六巻から中編「巨大な暗影」を読む。老年に達した語り手が、自らの半生を振り返る。前半は幼年期から青年期にかけての、友情と恋の物語。後半は対ナポレオン戦争従軍記で、主にワーテルローの戦いが題材になっている。戦記物ってやつを読むのはたぶん初めてに近い。三国志のような英雄豪傑が活躍する物語ではなく、無名の一般人が無名の一兵卒のままばたばた死んでゆく、ちょいとハードな物語である。

●注文していた本が届いた。
『Re-ClaM vol.9』

●定期でお願いしている本が届いた。
『暗闇の梟』 M・アフォード 論創社
アバドンの水晶』 D・ボワーズ 論創社

『フェンシング・マエストロ』 A・P・レベルテ 論創社

●『フェンシング・マエストロ』 A・P・レベルテ 論創社 読了。

 主人公の造形が沁みる。政治や世間から一歩身を引いて超然と生きていたいのに、五十歳を過ぎてふと考えるのだ。近い将来の老化による体の衰えを。あるいは、やや遠い将来の死後に自分の大切にしてきた品々がどうなるかを。銃が普及して、フェンシングがスポーツになってゆく時代の変化も無視できない。途中までは、内省的な主人公の静かで淡色の生活に飛び込んできた鮮烈な色合い、ってな具合に物語が進む。これはこれで沁みる。そして事件が起きてからは俄然スピードアップして、ハードな物語になる。これがどうもエキサイティングである。

 主人公がフェンシングの教師という設定がちゃんと活きてる。盛り込まれたミステリ的趣向はよくあるもので、だからこそ私好み。終盤のクライマックスも王道的展開で嬉しい。途中の引っ掛かりをきちんと回収した〆も上々。実に面白かった。

●東京文学フリマに行ってきた。先日作った同人誌『偏愛横溝短編を語ろう』を委託して、ありがたくお買い上げいただいた。以下、会場で買った本。
猿の手』 W・W・ジェイコブズ 綺想社
『Carr Graohic Vol.1』 饒舌な中年たち
を購入。

『アクナーテン』 A・クリスティー クリスティー文庫

●『アクナーテン』 A・クリスティー クリスティー文庫 読了。

 作品に描かれているアクナーテン王は、人間誰しも持っている欲、怠惰、邪念、執着、といった心性をあまりにも軽んじているようだ。人民の統治者としての器ではなかったのかもしれない。哀れなことである。巻末解説によれば、王の言動は脳腫瘍による奇行だという説もあるらしい。なるほど、と思う。

『團十郎切腹事件』 戸板康二 創元推理文庫

●『團十郎切腹事件』 戸板康二 創元推理文庫 読了。

 先月に半分読んだ残りを、隙間時間に細切れで読んでいった。最初はどうということもなかったのだが、二編三編と読んでいくにつれて文章の滋味を感じるようになった。まことによろしきものである。以下、簡単なコメントを書いておく。

「等々力殺人事件」は巻末の作品ノートにあるように某海外ミステリが元ネタだが、その換骨奪胎がしっくりきている。真相の不気味さも上々。「松王丸変死事件」は描かれる悪意が異様な迫力。「盲女殺人事件」は雅楽が真相に気付くきっかけがいいし、事件の中心部に盛り込まれている(伏字)ネタもいいし、幕切れもお見事。

「不当な解雇」は謎が魅力的だし、真相に漂うどことない可笑しさもいい。「ほくろの男」は、発話と表情とに関する機微が興味深い。「滝に誘う女」は、犯人がぼろを出すきっかけとなった些細な一言が効いている。作品名は挙げないが心理の盲点をネタにした某作もなかなかのもの。

 二巻目以降も楽しみである。

『捕虜収容所の死』 M・ギルバート 創元推理文庫

●『捕虜収容所の死』 M・ギルバート 創元推理文庫 読了。

 時は第二次大戦後期。イタリアの降伏が間近とみられている時期である。イタリア軍が管理する捕虜収容所の地下に、英国兵の手によって密かに脱走用のトンネルが掘り進められていた。イタリアが降伏したら、捕虜はドイツに引き渡される可能性がある。その前にぜひとも脱走を成功させなければならない。そんなとき、四人がかりでないと入り口の隠し戸が開けられないはずのそのトンネルの奥で、死体が発見された。

 本格ミステリとタイムリミットサスペンスと、さらには冒険小説の味もあって、それらが渾然一体となって密度の高い物語になっている。イタリア不利の戦況が収容所の空気にも反映されて徐々に緊迫感が高まる中、探偵役の大尉はそれまでに見聞きした様々な断片をパズルのピースのように正しい位置に当てはめてゆく。

 こいつは傑作。どこがどう傑作なのかは、実は巻末解説に書き尽くされているので追加で書くことはあまりないんだけれども。一カ所、とある記述にあれっと思った。ある人物の台詞で、「(人物A)はシロだ。この物語の探偵はこいつなんだから。(人物B)は容疑者として捕まった以上、探偵小説の常識からしても犯人のはずがない」とある。ミステリの登場人物が、これは小説じゃなくて現実の事件だといった台詞を吐くのは珍しくないが、逆の方向性の台詞はあまり見かけない。シリアスな雰囲気の小説の中に作者が仕込んだお遊びなのだろうか。

『雷鳴の夜』 R・V・ヒューリック ポケミス

●『雷鳴の夜』 R・V・ヒューリック ポケミス 読了。

 手掛かりの出し方が大いに気に入った。特別珍しい手法ではないけれども、このシリーズで採用されるとは思わなかった。でも実際に読んでみると、このシリーズだからこそ活用できる手法だと納得である。別の個所には、はっきりとした矛盾を目立たないように仕込んであるのも嬉しい。私は気付かなかった。

 上記以外の手掛かりも丁寧に散りばめられてあって、それらをきちんと拾って真相に到達する狄判事の推理にはオーソドックスな面白さがある。黒幕の正体はまあそうだろうなという設定で、だからこそ典型好きの私としては満足度が高い。約百五十ページという長めの中編の分量なのでもっと軽い作品かと思っていたら、予想を上回る秀作であった。

『月明かりの闇』 J・D・カー 原書房

●『月明かりの闇』 J・D・カー 原書房 読了。

 不可能犯罪の謎も真犯人は誰かという興味ももちろんあるのだが、物語の重点は(伏字)に置かれているようだ。それに伴って真相に至る道筋も、数々の手掛かりから真犯人をあぶり出すのとは異なるアプローチになっている。まさかこの人物が犯人だったなんて、というより、まさか(伏字)なんて、という点が主たる意外性となっているわけだ。

 そんな影響もあってか、本書は今まで読んだカー作品とはちと趣が違うようだ。結末で指摘されるあまりにも些細すぎる手掛かりを、ページを遡って探しあてていくらなんでもこんなの気付くわけないだろう、と思ってにやにやする。それが私にとってのカーの持ち味のひとつなのだが、そんな味わいがやや薄かった。主たる謎の性質上、明文化した手掛かりを仕込みにくかったのかもしれない。ここら辺、詳しく書けないので曖昧にぼかしておくことにする。

 でも、結局のところ読了して満足である。私はカーを依怙贔屓しているので、カーであるというだけでオッケーなのだ。

『犯罪カレンダー』 E・クイーン ポケミス

●『犯罪カレンダー』 E・クイーン ポケミス 読了。

<1月~6月>と<7月~12月>の二分冊構成になっているのを二冊合わせて通読した。ご覧の諸賢にとってはまったくどうでもいいことだと思うが、これで二冊読了ということにする。収録作の多くが、設定はクイズめいて単純だし真相もクイズか言葉遊びかという軽い味わいである。この作品集はラジオドラマのシナリオを小説に仕立てたものだそうで。どうりで、と思う。

<1月~6月>に収録の作品では「ゲティスバーグのラッパ」がベスト。単純なものではあるがロジックで解決に導いている点が気に入った。次点は「くすり指の秘密」で、これもロジックで解決する好編ではあるが真相のカタルシスがやや欠ける。

 後半の<7月~12月>になると、割としっかりしたミステリになってきた。「墜落した天使」は全体の骨格が陳腐と言っていいメロドラマで、真相もよくあるネタだが、よくあるネタだからこそ読んで楽しい。「針の眼」は、真相の切れ味がお見事。「ものをいう壜」と「クリスマスと人形」とは、ちょっとしたアイデアの小ネタがいい感じ。

『首のない女』 C・ロースン 原書房

●『首のない女』 C・ロースン 原書房 読了。

 決め手のひとつが(伏字)だってのは短編に使われそうなネタで、長編を支えるにはちと心細い。実際、犯人がそういった特性であることを示す手がかりは、どうしても些細な表現になってしまう。私の注意不足を棚に上げるのはなんだが、そんの気付くわけないだろ、と思ってしまう。

 犯人に至るもうひとつの筋道の方は微妙かつ迂遠で、途中ずっとメモを取るような読み方をしないと本当のインパクトは感じないだろう。私は、作者のやりたいことは分かる、といったくらいの理解度でしかないが、読了後しばらく考えてみてちょっと気に入った。いくつかの情報を組み合わせて犯人を限定する流れは嫌いではない。もう少しなんとか整理できんかったんか、とは思うけれども。

 次から次へと様々な出来事が発生し、次から次へと新たな情報が飛び出してくるスピード感は買う。読んでいる途中退屈しないのは、もちろん大事なことだ。けれどもやはりミステリで最も期待したいのは、結末におけるロジカルな爽快感である。その辺り本書はいまひとつで、全体としては読めることに意義がある作品であった。

 最後にひとつ残念な点。旧訳の東京創元社世界推理小説全集版には、サーカス会場の見取り図が挿入されていた。これがあれば現場の情景をはるかに明瞭にイメージできたのに、惜しいことである。この図の存在に気付いたのは、読了後であった。

読書会の文字起こし

創元推理文庫の中村雅楽探偵全集第一巻を、半分まで読んで中断。残りは来月読む。これから再来年までかけて、全五巻をゆっくり読んでいこうと思う。

●ほぼ終日に渡って、昨日の読書会の録音を文字起こし。もちろん実作業時間は丸一日ではない。集中力が続かないので、休み休みだらだらとやる。これからネタバレ部分を非公開にしつつ全体を推敲しなければならない。公開できるのはまだ先になる。

●取り寄せを依頼していた本を受け取ってきた。
『Gストリング殺人事件』 ジプシー・ローズ・リー 国書刊行会