●『盗まれた指』 S・A・ステーマン 論創社 読了。
ううむ、これは厳しい。オープニングのゴシック・スリラーめいた雰囲気は悪くないし、奇妙な二重毒殺事件と切られた指という状況は魅力的。真相だってなかなか意欲的なアイデアではある。けれど、そういった材料を使ってひとつのミステリを構築するとき、ステーマンの志向のなせる業か、なぜか「腰砕けのトホホ感」漂う作品に仕上がってしまうのであった。
ヒロインと「私のトリスタン」との顛末は、そんなんでいいんだっけ? と思うほど軽い。作者は愛し合う男女という人間関係だけが欲しくて、そこに至るまでの経過にはあまり関心がなかったのだろうか。終盤、探偵役のマレイズ警部に解決をもたらす某人物の扱いは、事件が解決したのは探偵の働きではなくて作者が解決できるように書いたからだ、という思いを強くする。
まるっきりつまらないかというとそうではない。英米流の本格ミステリからの奇妙なずれこそ、ステーマンの持ち味のひとつだと思う。その前提で本書に臨めば、他ではなかなか得難い読書体験ができる。