累風庵閑日録

本と日常の徒然

『阿呆旅行』 江國滋 中公文庫

●『阿呆旅行』 江國滋 中公文庫 読了。

 五十年ほど前に雑誌連載された紀行文集である。なんとも滋味深い老成した文章で、これを三十六歳で書いたのかと驚く。でも実は、なんら驚くことではないのかもしれない。人の外見を考えても、今と昔とでは年齢に応じた貫禄の備わり方が大分違うようだから、文章のこなれぶりが今の感覚と違っていても不思議ではなかろう。

 ここには当時の日本の姿が様々に描かれている。方言、風習、建物、交通機関、土地土地の人気(じんき)、そのうちどれほどのものが、今でも残っているだろうか。もちろん、昔はよかったなぞと言うつもりはない。五十年前と比べて失われた豊かさもあるかもしれんが、脱却した貧しさもある。全体の豊かさは、今の方がはるかに勝っていると信じる。誰もが当たり前のように、スマホという超小型コンピュータを持ち歩く未来世界を、五十年前の誰が想像したか。

 それはそうと、一番気に入ったのは「おばこ、恙なきや ー 庄内」である。生命力に満ちた若者と、九十歳を過ぎて即身仏になった真如海上人の干からびた木乃伊とが並べて語られる。そこには生と死、若さと老いの鮮やかな対比があり、さらには煩悩や欲望といった生身の人間の感情がまざまざと描き出される。これは素晴らしい。感動的ですらある。

●書店に寄って本を買う。
『見習い天使 完全版』 佐野洋 中公文庫

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A5サイズ 本文モノクロ 78ページ
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