累風庵閑日録

本と日常の徒然

『宮野村子探偵小説選I』 論創社

●体調は依然として回復せず。終日に渡って短い眠りを繰り返しながら、その合間に本を読む。

●『宮野村子探偵小説選I』 論創社 読了。

 これはしんどい。人間の哀れさ愚かさ哀しさを、ねっとりとした文体でじくじく書き綴るような作風は、辛気臭くてどうにもこうにも。好みとしては、個人短編集で立て続けに読む作家ではない。

 と、そんな気分ですっかり期待値が低くなったおかげで、「斑の消えた犬」、「満州だより」、「若き正義」の三編は割と面白く読めた。ともかくも、事件の謎とその論理的な解決、という要素があるだけで読める。

「鯉沼家の悲劇」は再読だが、初読の時と同様に、結末前までは面白かった。そのときの感想日記にリンクを張ってもいいんだけれど、ここに簡単に再掲しておく。

「叙情味の勝った文章で悠々と描写を積み重ね、過去の様々なエピソードを織り込みながら、鯉沼という「家」とその一族、そして周辺の人々をじっくりと綴ってゆく。そしてようやく事件が起きれば、その後はたちまち物語がフルスピードで疾走し始め、この舞台この文章ならではの結末に行き着く。事件の解明部分は、ミステリとして決着をつけるための手続きのようなものだろう。お約束の手続きに、面白いもつまらないもない。その直前までは面白かった。」

 収録作中のベストは、「木犀香る家」であった。作者の持ち味と私の好みの要素とが、上手い具合に兼ね備わっている好編。

『ふしぎな人』 江戸川乱歩 光文社文庫

●大晦日。独り部屋にこもって年を越すのがいやだったので、用もないのに千葉県の君津に行ってきた。独りビジネスホテルにこもって年を越すのである。君津を選んだのは、距離的に手頃、というだけの理由しかない。

君津駅の近くのスーパーで晩飯と酒とを調達し、十五時早々にホテルにチェックイン。ロビーにあったサービスのコーヒーを飲みつつ、論創社の宮野村子を読む。これがなかなかしんどい。

●適当な時刻になったら、もう飲み始めることにする。とはいっても、無闇に飲んだくれるわけにはいかない。どうもやけに体がだるいし、喉が痛い。今日は用心して、さっさと寝てしまう。

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●さて、一夜明ければ新玉の春でございます。本年もよろしくお願いいたします。

●体がだるいのは相変わらずだし、少々寒気もする。いかんいかん。今日は寄り道の計画があったし、正月だから特別にちくっと昼酒、なんてなことも考えていたのだが、そんなの全部かっ飛ばす。九時前の電車で真っ直ぐ帰宅。これで私の正月は終わりである。

●帰宅してから本を読む。宮野村子がしんどくなったので、代わりに読み残していた『ふしぎな人』 江戸川乱歩 光文社文庫 を読了。表題作「ふしぎな人」も、同題別作品の「かいじん二十めんそう」の二編も幼年向けなので、内容はあまりに他愛ない。特にコメントは無し。

●以下、今年の抱負を書いておく。

◆本は、論創ミステリ叢書を読み進めていきたい。順調にいけば年内に七十巻に達するだろう。光文社文庫の、ミステリー文学資料館編のアンソロジーもせいぜい読みたい。全体で、最低でも年間百冊は読めればいいのだが。

◆旅行は、秋の倉敷行きはほぼ確定。その他構想中のプランは、大阪奈良、高知、沖縄。温泉にも一度は行きたい。

◆映画は、せめて月二本くらい観れたらいいのだが、どうもそれも難しそうだ。一月に「サスペリア」のリメイクが公開されるので、こいつは映画館に観に行きたい。

年内最後

●年内最後の更新である。

●今年一年、皆様にはお世話になりました。ありがとうございます。来年もまた、よろしくお願いいたします。

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●今年の総括

◆全体的に平穏で、時間にも気持ちにもゆとりのある一年であった。六月に再開したジム通いが、今もまだ続いている。体重がわずか一キロ少々しか減っていないのがどうにもこうにもだが、筋力は多少アップしているように思う。来年も続けたいものである。

◆本に関しては
買った本:百二十五冊
読んだ本:百二十一冊
積ん読が四冊増えたわけだ。

 同人誌や私家版を含め、正規の流通ルートに乗らない本をずいぶんと買った。ネットのおかげである。読む方は、ついに論創ミステリ叢書に手を出して、一年間で三十六冊読めた。新刊に追いつくのはまだ何年も先のことであるが、着実に読み進めていきたい。

◆読んだ本の中から面白かった作品を題名だけ挙げる。順位もコメントも無し。
・『血染めの鍵』 E・ウォーレス 論創社
・『ダイヤルMを廻せ!』 F・ノット 論創社
・『犯罪コーポレーションの冒険』 E・クイーン 論創社
・『大庭武年探偵小説選I』 論創社
・『牧逸馬探偵小説選』 論創社

・『物しか書けなかった物書き』 R・トゥーイ 河出書房新社
・『ダイヤルAを回せ』 J・リッチー 河出書房新社
・『ウォンドルズ・パーヴァの謎』 G・ミッチェル 河出書房新社
・『ナツメグの味』 J・コリア 河出書房新社
・『10ドルだって大金だ』 J・リッチー 河出書房新社

・『墜落のある風景』 F・フレイン 創元推理文庫
・『新・顎十郎捕物帳』 都筑道夫 講談社文庫
・『とむらい機関車』 大阪圭吉 創元推理文庫
・『M・R・ジェイムズ怪談全集』(全二巻) 創元推理文庫

・『妖盗S79号』 泡坂妻夫 文春文庫
・『章の終わり』 N・ブレイク ハヤカワ文庫
・『二輪馬車の秘密』 F・ヒューム 新潮文庫
・『雪割草』 横溝正史 戎光祥出版

 例外として、『三十棺桶島』 M・ルブラン 偕成社 にだけはちょいとコメントを付ける。横溝正史はルブランから多くの影響を受けているが、本書もまた正史の発想に多大な影響を及ぼしているようである。この作品には、たとえば以下のような要素が出てくる。女性を誘拐して無理矢理結婚する貴族、三十人の生贄を求める三十の棺桶、地下に張り巡らされた洞窟とそこに隠された宝。これって「八つ墓村」ではないか。アルシニャの老婆三姉妹も、もしかしたら小梅小竹姉妹に影響を与えてはいないか。

◆横溝関連は、吃驚するくらい盛り上がった年であった。まず第一のビッグ・ニュースが、「雪割草」の刊行である。また、柏書房の「横溝正史ミステリ短篇コレクション 」が目出度く完結した後、「由利・三津木探偵小説集成」の刊行が始まったのも素晴らしい。角川文庫の『丹夫人の化粧台』刊行も喜ばしい。

 関連書籍としては、論創海外の『シャーロック・ホームズの古典事件帖』が筆頭に挙げられる。ホームズものの翻訳・翻案集で、横溝正史が少年時代に読んだという「肖像の秘密」が収録されているのだ。もう一冊挙げるなら、同じく論創海外のエドガー・ウォーレス『血染めの鍵』か。横溝長編「(伏字)」で使われている、ある趣向の元ネタである。

 横溝読書会が二度開催された。会場はどちらも、今やすっかり横溝ファンのホームグランドになりつつある、「西浅草黒猫亭」である。この店では他に、「黒猫亭事件」の朗読会ってのも開催された。

 洪水被害に見舞われた倉敷市真備町では、無理だと思っていた「1000人の金田一耕助」がまさかの開催。大変なことである。

 横溝ファン関連のオフ会やイベントとしては、那須塩原温泉お泊り会、仙台オフ会、長崎オフ会、山梨市の横溝正史館にてフルートの演奏会、早稲田の演劇博物館訪問、といったところ。

 個人的には、「横溝正史『女シリーズ』の初出を読む」プロジェクトを完結させ、続いて次なるプロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」に取り組み始めた。これは来年も継続する。また、長らく積ん読だった論創社横溝正史探偵小説選』の、第一巻と第二巻とをようやく読めた。

 映像関連や芝居方面でもいろいろあったようだが、詳しくないので省略。

◆映画は、まったく低調であった。せっかく外付けブルーレイドライブを買ったものの、自分の時間は優先的に読書に充ててしまって、観たのはわずか十二本。それはそれで本に集中できたからいいけれども、もう少し何とかならんもんか、とは思う。

◆旅行は、上記の岡山、那須塩原温泉、仙台、長崎、山梨日帰り以外に、広島姫路、宮崎に行った。姫路城に行ったことで、現存十二天守を全て巡ったことになる。これで、旅行のテーマがひとつ完結した。

「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」第七回

●横溝プロジェクト「横溝正史が手掛けた翻訳を読む」の第七回をやる。

◆「モダン吸血鬼」 W・L・アルデン(昭和五年『モダン日本』)
 大変な売れっ子作家で、雑誌の編集長で、鋭い批評家でもあるジョージ・マシウス。ある日彼の元へ、女流作家が訪ねてきた。彼女からは何度か作品を送ってきたことがあるが、彼は内容に満足できずその度に送り返していた。今まではそうやって郵送だけのやりとりだったが、実際に会った彼女は、なんと大層な美人であった。

 ちょっと不気味な好編。結末のカタルシスの無さも悪くない。

◆「イヴの果物」 C・B・ブース(昭和七年『新青年増刊』)
 農場の女主人ルーシーは、別の農場の季節労働者ベンと浮気をしていた。ルーシーは夢中だったが、ベンは一時の慰みとしか思っていなかった。ある日のこと、ルーシーの夫ジョーが喧嘩をして、相手から「殺してやる」と捨て台詞を吐かれた。これを聞きつけたベンは、今ジョーを殺せば喧嘩相手が犯人にされると考えた。そうすれば、農場の土地も財産も、ルーシーをたぶらかして思いのままになる。

 なかなかの佳品。題名もちょいと気が利いているし、伏線もあるし、殺人実行までのサスペンスも結末に至る展開も上々である。

◆「ヘリオトロープ」 R・W・チャイルド(昭和八年『新青年増刊』)
 終身懲役囚ハズドックが、特赦願いを出した。理由は娘のためだという。彼が命よりも大切に想っている娘が、今度結婚しようとしている。それを聞きつけた彼の妻、大変な悪女のクレオが、結婚にかこつけて娘を食い物にしようと企んでいる。その計画を阻止するために出獄を願ったのである。出獄を許可したらクレオの命が危ないとの知事の懸念に対して、ハズドックは誓った。クレオの体には決して指一本触れないと。はたして彼の計画とは。

 二度も映画化されたそうで。なるほど映画にすればそれなりに受けそうな、人情噺風味を添えたちょっとしたサスペンス。展開がちと強引だが、それはもしかしてかなり端折ってあるからかもしれない。やりたいことは分かる。

●夕方から電車に乗って街に出る。横溝関連の忘年会である。

『ピーター卿の事件簿II/顔のない男』 D・L・セイヤーズ 創元推理文庫

●『ピーター卿の事件簿II/顔のない男』 D・L・セイヤーズ 創元推理文庫 読了。

 表題作「顔のない男」は、列車の中の会話だけから推理を進める冒頭部分が私の好み直撃で、大変に面白い。結末は(伏字)という点が引っ掛かって、ちと座りが悪いけれども。

「因業じじいの遺言」は、巻末解説に引用されているダグラス・トムスンの「脚色したクロスワード・パズルにすぎない」という評価に概ね共感する。だが部分的には、ちょいちょい挿入される言葉、たとえば「ウイスキーソーダを持ってきてくれ!」や、ハンナの態度の変化から、関係者達がパズルを解くのに夢中になっている様子がありありと伝わってくるのが楽しい。結論として、その一点のおかげで読後感はなかなかのもの。

 その他、「白のクイーン」のシンプルさも、「証拠に歯向かって」のグロテスクさも、いい感じ。

 ところで、巻末解説には第三巻もいずれ出るようなことが書いてあるのだが。残念なことに実現しなかったようで。

●オンデマンド出版の本を買う。
七之助捕物帖 第三巻』 納言恭平 捕物出版
この出版社は、今後の活動にも期待している。

塔上の奇術師

光文社文庫江戸川乱歩全集『ふしぎな人』を細切れで読む。今回は「塔上の奇術師」である。内容は相変わらずで、全体については特にコメント無し。一応はコウモリ男という怪人が登場するが、ごく早い段階で四十面相の正体を現す。その点はちょっと新鮮であった。正体不明の恐ろしい怪物……ってな白々しさをいつまでも引っ張らないのがいい。

『横溝正史探偵小説選II』 論創社

●『横溝正史探偵小説選II』 論創社 読了。

 収録作はジュブナイルばかりだし、しかもページが足らなかったのか駆け足で終わらせたような作品が多いしで、内容としてはちと心細い。だが、ともかくも読める、ということが大事なのである。

 以下、いくつかコメント。
「孔雀扇の秘密」
 キーパーソンの名前が、岡田サクラである。「岡田」と「桜」とくれば、横溝正史が岡山に疎開したときの住所ではないか。作品の発表は昭和二十五年である。

「鉄仮面王」
 なんと人形佐七もの「(伏字)」のリメイクであった。作品の発表は佐七版の翌年である。

「渦巻く濃霧」
 終盤での登場人物の扱いが吃驚するくらいの投げっ放し。これもページが足りなかったせいか。

「曲馬団に咲く花」
 ジュブナイルでは、展開に偶然を用いるのはありがちなことである。この作品ではそういった偶然があまりと言えばあまりに強引で、笑ってしまうほど。

「変幻幽霊盗賊」
 ある種典型的な怪盗もので、テンポが速いおかげでなかなか読ませる。巻末解題にある、映画撮影にかこつけて逃亡するネタを使ったジュブナイルとは、たとえば「探偵小僧」、「まぼろしの怪人」など。

「笑ふ紳士」
 冒頭はまたもや映画撮影ネタの、これはアレンジバージョンである。そして続いてはルブランの「奇巌城」冒頭部の流用。さらにさらに、事件の展開は「黄色い部屋の謎」のイタダキである。ご丁寧に屋敷の見取り図まで用意して、例のネタを導入している。こうやって海外ネタのコラージュでもって作品をものしてしまう、正史の器用さが見えるのがこの作品の読み所。

「鋼鉄仮面王」
 なんとまあ、またもやまたもや映画撮影にかこつけた逃亡ネタであった。正史先生、このネタがよほどお気に召したと見える。

 巻末に「お詫びと訂正」と題する文章があった。第一巻で気になっていた、「恐ろしきエイプリル・フール」の角川文庫版は冒頭部分が削除されているという件は、再確認したところそういった事実はない、ということで結論。

●お願いしていた本が届いた。
『あらしの白ばと 地獄神の巻/パリ冒険の巻』 西條八十 盛林堂ミステリアス文庫
ヒルダ・ウェード 目的のためには決してくじけない女性の物語』 G・アレン&A・C・ドイル 盛林堂ミステリアス文庫
『黒星章 -黒星団の秘密-』 大下宇陀児 東都 我刊我書房

こういう出版活動は素晴らしいことだが、また購入本が増えてしまった。

夜光虫

●土曜から読み始めた、論創社横溝正史を中断する。ジュブナイルが続くと、さすがにしんどい。で、今日から読み始めた本をそのまま通読するか、それとも明日は横溝に戻るか、それは今後の気まぐれ次第。

●電車に乗って街に出て、書店に行って本を買う。
『夜光虫』 横溝正史 柏書房
『少年間諜X13号』 山本周五郎 新潮文庫

 横溝正史は、由利・三津木探偵小説集成の第二巻である。こういう本は買わねばならぬのである。山本周五郎は、収録の全八編のうち四編が書籍初収録だそうで。こういう本も買わねばならぬのである。

『ナツメグの味』 J・コリア 河出書房新社

●『ナツメグの味』 J・コリア 河出書房新社 読了。

 面白い。それは間違いない。だが、この曰く言い難い味わいはなんとしたことか。作品毎に様々な要素が様々な配分でもって詰め込まれている。その要素とは、捻りと切れ味、不気味と残酷さ、皮肉とユーモア、そしてときには愛と夢も少々。サイコスリラーだのモンスターホラーだの、ラベル付けできる作品もいくつかあるが、全体としてはジョン・コリアの小説、としか言えない。

 気に入った作品は、ラストシーンの二人の表情が目に浮かぶような表題作「ナツメグの味」、題名が秀逸な「魔女の金」、怪談系昔話を思わせる「葦毛の馬の女」、落語「地獄八景亡者戯」に通じるような破天荒なユーモア譚にちょいと艶笑風味をまぶした「魔王とジョージとロージー」、ある種の死と復活とを描く「船から落ちた男」。その他題名だけ挙げておくと、「猛禽」、「だから、ビールジーなんていないんだ」、「遅すぎた来訪」、といった辺り。

 ここで注目は、「頼みの綱」である。題材となっているインドのロープ魔術は、八月に読んだ「マハトマの魔術」に出てくる、チベット魔術とまるで同じパターンである。「アジアのロープ魔術」といえばこれだという、社会的に共有されたイメージがあるのだろうか。

 で、気になったのでちょっと調べてみた。十四世紀のアラブの旅行家が著した旅行記に、この魔術のことが書いてあるそうな。この旅行記は、欧州では十八世紀から十九世紀にかけて広く知られるようになったとのこと。ついでに書いておくと、この旅行記の翻訳が東洋文庫に入っている。