累風庵閑日録

本と日常の徒然

『霧と雪』 M・イネス 原書房

●『霧と雪』 M・イネス 原書房 読了。

 中盤過ぎまでは、なんとも地味な作品である。まず、事件が地味である。被害者が銃で撃たれるが、死にはしない。つまり殺人事件ではなく傷害事件である。現場が不可解な状況になっていたりはしない。題名が示すように季節は冬だが、足跡のない雪の密室だったりもしない。そして全体の記述もまた、とことん地味である。登場人物達の会話、表情、しぐさといったものがじっくりと描かれる。それらに対する語り手の考察や論評、解釈といったものも、丁寧につづられる。

 ところが中盤すぎると、物語は異様な展開を見せる。地味な書きっぷりを保ったまま派手な疾走を始め、蛇行し始めるのだ。堅実な領域からスットンキョーな領域まで右往左往したあげく、たどり着いた真相はなんとも。時折、真顔で冗談を言うような雰囲気も漂わせる。こういう奇妙さや人を食った展開には、マイケル・イネスのある種の持ち味が強く表れているのであろう。