累風庵閑日録

本と日常の徒然

『サファリ殺人事件』 E・ハクスリー 長崎出版

●『サファリ殺人事件』 E・ハクスリー 長崎出版 読了。

 東アフリカの架空の国に遠征に行った狩猟隊のキャンプで殺人が起きる。舞台の特異さが面白い。人を殺すのは殺人犯だけではないのだ。象、サイ、ライオン、バッファローによっても、人は命を失う恐れがある。バッファローの糞によるアリバイなんてのも、アフリカの平原ならでは。

 解決は(伏字)するタイプで、残念ながら私の好みからはちと外れる。だが伏線が気に入ったので、結論として満足である。犯人が発したある言葉と矛盾するシンプルな物証。しかもその書き方がなんともさりげなく、なおかつごまかさず明確に書かれてある。読了して後戻りしてその部分を確認して、そうそうこういうのだよ、と思ったことであった。

●新スマホの機種変更設定をした。銀行系アプリの変更処理に大変てこずってしまった。結局、メールアドレスも電話番号も登録をやり直し、本人確認のために運転免許証の写真を撮って送ることまでやらなければならなかった。

『米・百姓・天皇』 網野善彦/石井進 ちくま学芸文庫

●『米・百姓・天皇』 網野善彦石井進 ちくま学芸文庫 読了。

 ふたりの歴史学者の対談集である。他の本や論文の内容を前提に語られている部分が多々あって、それを知らない私には荷が重い。どこまで理解できたか覚束ないが、素人が上辺だけをなぞる読み方でもずいぶん刺激的である。

 いくつか記憶に残った点を挙げておくとたとえば。古代律令体制の元で国家が統一されたのではなく、実際は従来からの地域的共同体の首長が各地に割拠していた。日本文化即ち稲作文化ではなく、実際は雑穀、柿、栗等が食料の中で大きなウェイトを占めていた。

 明治新政府が作成した本格的な戸籍「壬申戸籍」では、漁業、林業、養蚕等に従事する者や副業的に農業を営んでいる者などを全て「農」としてひとくくりにしてしまったので、国民の生業分布を反映していない。

●注文していた新スマホが届いた。だが、うっかり確認してなかった充電端子の仕様が、手持ちの充電器とは違ってやんの。対応する充電器を注文した。そいつが届くまで、機種変更はおあずけである。とんだうっかりさんだ。

●注文していた本が届いた。
『亡命客事件』 大下宇陀児 湘南探偵倶楽部
『海底の情鬼』 大河内常平 湘南探偵倶楽部

『猫のミステリー』 鮎川哲也編 河出文庫

●『猫のミステリー』 鮎川哲也編 河出文庫 読了。

 題名の通り、猫がテーマのミステリアンソロジーである。登場人物の幼稚さと浅薄さとをまざまざと描き出す南部樹未子「愛の記憶」。人が変わってしまった夫に対する妻の不安と恐れとをねっとりと描く角田喜久雄「猫」。それぞれ文章の持つ力には感心するけれども、気に入った作品かというとちと違う。読んでいて疲れる。

 土岐雄三「猫じゃ猫じゃ事件」は、探偵役の造形にも事件の顛末にも漂っている軽妙な味が好ましい。雑誌「新青年」に載った戦前のコントを戦後に書き直したらこうなった、というような。岡沢孝雄「猫の手紙」は、犯人が語り手を務める倒叙もの。事件はかなり陰惨だが、軽薄な語り口のせいで全体は奇妙に明るい。題名が示す、そうくるか、という展開も記憶に残る。

●書店に寄って本を買う。
『西村京太郎の推理世界』 オール讀物責任編集 文藝春秋
 私は西村京太郎のいい読者ではないが、巻末の全著作リストに惹かれて購入。こういう情報は読む読まないにかかわらず手元に持っておきたい。

●auのネットショップでスマホを注文した。今使っている機種は四年半前に買ったもので、最近やけに動きが遅くなっていた。何をやるにしてもいちいち待ちが発生していい加減ストレスが溜まっていたのが、ついにあふれてしまったのである。

ブランディングズ城のスカラベ騒動

徳島県南部、鉄道路線の突端にある阿佐海岸鉄道で、DMV(Dual Mode Vehicle)に乗ってきた。世界初の道路・鉄道両用車という珍奇な乗り物である。

 道路を走っている間は、要するにマイクロバスである。鉄道との結節点に差し掛かると、車体下部から鉄道用の車輪が降りてきてぐっと踏ん張り、道路用ゴムタイヤが宙に浮いた状態になる。そのまま線路に乗り入れて、がらごろと走っていくのであった。これはこれで一度は乗ってみると面白い体験だし、久しぶりに旅行らしい旅行をして大いに満足である。

●定期でお願いしている本が届いた。一般発売から日が経っていてちょいと心配したのだが、無事届いてよかった。
ブランディングズ城のスカラベ騒動』 P・G・ウッドハウス 論創社

『夜鳥』 M・ルヴェル 創元推理文庫

●『夜鳥』 M・ルヴェル 創元推理文庫 読了。

 ルヴェルを読むのは初めてである。残酷だとか恐怖だとかという評をちょいちょい見かけていたのだが、なるほどこういう味か。個別の作品に対するコメントは省略するが、全体私の好みに合っていた。最後にひと捻りする作品もあるし、皮肉で切れ味鋭いオチもあるしで、面白い面白い。それどころか、冗長な描写もまどろっこしい会話もない短い作品ばかりでいぐい読める。

 これはいいものを読んだ。今月中に白水社から出るというルヴェルも楽しみである。ただ、貧困と孤独と失恋と殺人と姦通と、ってなテーマをまるまる一冊続けて読むと、ちと満腹気味だけれども。

『鬼の末裔』 三橋一夫 出版芸術社

●『鬼の末裔』 三橋一夫 出版芸術社 読了。

「不思議小説集成」の第二巻である。特に気に入ったのは、不気味さが際立つ以下の三編、「殺されるのは嫌だ」、「白鷺魔女」、「蛇恋」と、物事に執着してしまった人間の愚かさ哀れさ恐ろしさが際立つ「怪獣YUME」であった。なかでも「白鷺魔女」は、如来様が床の間の掛け軸から抜け出すというとぼけた冒頭が、終盤になって急激に怪奇小説になってゆく落差が上出来。

「沈黙の塔」は、インド北部、ネパール、ブータン辺りを舞台とする秘境冒険小説。こういう味が久しぶりなこともあって、ぐいぐい読めた。惜しいのは、五十ページしかなくてやや急いでる感があったこと。この内容でもうちょい書き込んだ三百ページくらいの作品が読みたい。

 一巻目で不思議小説の面白さを知り、二巻目の本書も天晴。三巻目も楽しみである。

●八月の人間ドックを予約した。気が早いようだが、鼻からの胃カメラを受診するためには早めの予約が必要なのだ。

『編集者を殺せ』 R・スタウト ポケミス

●『編集者を殺せ』 R・スタウト ポケミス 読了。

 出版社の編集者が殺された。犯人はどうやら、以前会社に原稿を送ってきて出版を打診した人物らしい。名前は分かっているが、本名かペンネームかは不明だし、素性も現住所も連絡先も不明。編集者は、その原稿を読んだために殺されたふしがある。展開は予想以上のスピードで、予想以上の起伏でもって進んでゆく。

 いつものネロ・ウルフシリーズの味である、というだけで感想を終わらせていいくらい安心安定の面白さ。ウルフとアーチーの会話が作品の大きな魅力になっているってえのは、わざわざ書くまでもなかろう。

●書くのを忘れてたけど、確定申告の結果として先月に還付金が振り込まれた。五桁後半なので、ちょっとした小金と言っていい。払い過ぎた税金が戻ってきたのだからマイナスがゼロになっただけで、臨時収入があったわけではない。理屈としてはそうだが、一時的に銀行口座の残高が増えたので、ちょっと旅行にでも行ったろか、という気になっている。

『水晶の栓』 M・ルブラン ハヤカワ文庫

●『水晶の栓』 M・ルブラン ハヤカワ文庫 読了。

 四十年ほど昔、あかね書房の少年少女世界推理文学全集で初めて読んだ。以来幾星霜、今回初めて大人向けの訳で読んでみた。するとどうだ、これがもう面白いのなんの。あの頃どうもピンとこなかったのは、ごりごりの本格ミステリ原理主義者だった中学生の私の視野が、この面白さを受け止めるには狭すぎたのだ。

 ただ、面白いとはいっても単純に純粋に物語に夢中になったわけではない。よくもまあこんな、一難去ってまた一難式の冒険活劇を書いたものよと、その作劇手腕にほとほと感心した。

 タイムリミット・サスペンスの要素もあって、終盤になるにしたがって物語は加速してゆく。その疾走感は上出来。敵はあまりにも強大で、ルパンが度々裏をかかれるのもただ事ではない。

 作品が連載されたのはほぼ百年前だそうで。なるほどこりゃあ百年後の後世に残っても不思議ではない面白さである。

『鉄道無常』 酒井順子 角川書店

●『鉄道無常』 酒井順子 角川書店 読了。

 内容は副題の、「内田百閒と宮脇俊三を読む」の通りである。ふたりの著作の内容をそれぞれの生涯の時系列に合わせて並べて、ときには単独で、ときには両者を比較しながら読んでゆく。

 著者はそこに、変化を嫌い失われた物を想う百閒と、変化を受け入れ人生の儚さを想う宮脇の姿とを読み取る。あるいは、子供の視線を保ったままの百閒と、否応なしに大人の視線を身に着けた宮脇の姿とを読み取る。

 触媒としてとてもいい本であった。阿房列車宮脇俊三の諸作を再読したくなるし、自分でどこかに行きたい気持ちがもりもりと湧いてくる。鉄道が通っている場所ならほぼ日本中行った私自身の過去の記憶が甦ってくる。

●今月の総括。
買った本:五冊
読んだ本:十二冊
 月初の計画以上に順調に読めている。

「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクト第二十二回「滅びた世界」

●「改造社の『ドイル全集』を読む」プロジェクトの第二十二回として、第五巻から長編「滅びた世界」を読んだ。訳者は大佛次郎である。

 四十年ほど昔、子供向けの訳で読んで以来である。当然内容はまるで覚えていないので初読同然。これが予想以上に面白かった。

 序盤は、チャレンジャー教授が語り手のマローンに翼竜の骨を見せる辺りでぐっと気分が盛り上がる。現場に到着してからの展開も起伏に富んで飽きさせない。大群落を成す翼竜の描写は不気味だし、こちらの臭跡をたどってじわじわと迫ってくる肉食巨竜のスリルもちょっとしたもの。

 自然界に人間視点の善悪を持ち込み、自分達が正しいと信じたら平然と殺戮を重ねるなんて展開は、ドイルの無邪気さというよりはむしろ、ある程度普遍的な人間の性質が描かれていると読みたい。結末のずっこけ感からしても、無邪気で善良なだけの作品ではないだろう。

●朝から病院に出かけ、新型肺炎ワクチンの三回目を接種してきた。用心して今日は休み、部屋にこもって自分の体の状態を観察しながらおとなしく過ごす。現状では副反応は極軽微で、注射した腕にちょっと違和感があるくらい。世間では翌日に発熱する例があるというから、まだ油断はできない。