累風庵閑日録

本と日常の徒然

『シャーロック・ホームズの古典事件帖』 A・C・ドイル 論創社

●『シャーロック・ホームズの古典事件帖』 A・C・ドイル 論創社 読了。

 ホームズシリーズは何度も読んだ。ということは、収録作の展開も真相も、読む前から大体のところは分かっているということだ。そうなると本書の楽しみは、明治大正期の古風な文章を味読するか、あるいは訳者の自由奔放な脚色を愛でるか、といった辺りになる。

 原抱一庵訳「新陰陽博士」は、なんとも古風な会話文を興味深く読んだ。一例としてホームズが初対面でワトスンのアフガニスタン帰りを指摘する場面は、土地の名前が改変されて「オオ、御身はトランスボールより帰来せるばかりよな」、ワトスン驚いて「御身はいかにしてそれを知れるや」ってな調子である。

 三津木春影「禿頭組合」は、翻案ならではの改変ぶりが楽しい。組合からあてがわれた簡単なお仕事は、活版になっていない古文書を書写することになっている。組合員募集の広告に応じて集まった禿げ頭の集団を、平清盛の庭に現れた無数の髑髏に見立てる例えは秀逸。

 押川春浪の翻案「ホシナ大探偵」は、その自由奔放さに驚く。なんと登場人物の名前が途中で変わってるのだ。誰が誰やら人間関係がどうも曖昧なまま読み終えて、解説を読んでずっこけた。

 矢野虹城訳「ボヘミヤ国王の艶禍」は、文章も会話も軽快で、とぼけた味わいもある佳品。

 最も興味を持っていた高等探偵協会編「肖像の秘密」は、複数のホームズ作品との大胆な合成はあるけれど、メインのストーリーはそつのない翻案ぶりであった。そのおかげで奇天烈な面白味はないが、よくできていますね、と思う。

 なにしろ古い文章であるから、どうにも読みにくい。正直言って疲れた。だが、そもそも読めないことには話にならないのだ。本邦初訳等歴史的意義のあるテキストを、手軽に読める状態に仕立てた本書もまた、歴史的意義があると言える。文献を博捜してテキストの背景に迫る巻末解説もお見事。