累風庵閑日録

本と日常の徒然

『大怪盗』 九鬼紫郎 カッパ・ノベルス

●『大怪盗』 九鬼紫郎 カッパ・ノベルス 読了。

 カバー袖の著者の言葉に、ルパンの日本版を書いたとある。明治初期の東京と横浜とを舞台に怪盗卍が活躍する内容は、なるほどルパンだわい、と思う。ミステリらしい趣向をいくつも盛り込んだ外連味のある展開は読んで楽しく、娯楽小説の佳品であった。

 人を殺さない卍のはずなのに、卍の名で要人暗殺が繰り返される。名前を騙った偽物の悪党が跳梁しているのである。卍は草創期の警察組織を向こうに回し、かつは偽卍の正体を暴くべく奮闘する。

 卍の正体は、早い段階で読者に分かるように書かれてある。そんな卍の造形が、原典のルパン同様にとにかく自信満々でべらべらとよく喋るのがそれらしい。警察側の立役者は原田大警部である。彼は旧弊であまり俊敏ではない人物として描かれており、卍に愚弄される役どころ。これもまた原典のルパンらしい。

 物語の年代は明治五年で、新橋-横浜間に陸蒸気が開通したばかりである。気球が最新鋭の飛行手段として登場する。時代が大きく動き、変化してゆく様が色々と面白い。八丁堀の同心上がりの原田警部は、新知識である窮理学や舎密学に翻弄される。ついでに書いておくと、窮理学は物理学である。舎密学はセーミ学で、ケミストリー、すなわち化学のことである。