累風庵閑日録

本と日常の徒然

『過去からの声』 M・ベネット 論創社

●『過去からの声』 M・ベネット 論創社 読了。

 主人公は、軽率で勝手な行動をして自らを窮地に追い込む。重要な証拠を隠し、とっさの嘘をつきまくる。そうやってサスペンスを維持する小説作法は、私の好みから遠い。それでもどうにかこうにかうんざりせずに読み進めることができたのは、人物描写の面白さのおかげである。

 夢を見すぎて現実世界で足を踏み外す奴、成長できずに相手の成長と変化とに気付かない奴、己の評判のみを唯一大切に思う利己的な奴、人生を左右するほどの大事について他人の言うがままに流される主体性のない奴。それぞれに欠点を抱えた人々が、きちんとそれらしく描かれている。

 ただそんな面白さも、主人公の行き当たりばったりで支離滅裂な言動に共感できないせいで、ほとんど帳消しである。醒めた気分でページをめくり続けていると、だんだん殺人の謎もどうでもよくなってくる。そして最後は、どうしてそうなるの? という不思議でカタルシスに欠ける結末。なんだこれ。

 わずかな救いは、主人公が真相に気付くきっかけ。(伏字)なんて手掛かりには、ほほう、と思った。

 ところで、この本で最も驚き、かつ感心したのは巻末解説であった。そこで示されている「読み方」は、読了直後に抱いていた作品の印象を、根こそぎ覆すほどの破壊力を持つ。そんな読み方ができるとは、全く気付かなかった。この視点で再読すれば、作品の評価は全く変わってしまうかもしれない。

●論創海外ミステリは、もうあとホンの一歩で新刊に追いつく。そのためのラストスパートのような気分で、今月は六冊も読んでしまった。