ハワード・ヘイクラフトらの評論にある、ドイル以前の米英ミステリ史の見取り図と、黒岩涙香が翻案の原作とした作品群から見えてくる鳥観図とでは、大きな乖離がある。本書は、今ではほとんど忘れられミステリ史にも記述が乏しい、涙香が採用したミステリをテーマにした評論集である。
十九世紀の流行作家、バーサ・M・クレイ、ヒュー・コンウェー、メアリ・ブラッドンなど、ほとんど知らない作家と作品が扱われていて、実に興味深い。内容は犯罪サスペンスにメロドラマを加味したようなものが多いそうで。ミステリとして洗練される以前の物語が、今読んで楽しめるかどうか心もとない。だが当時の読者にとっては、本の中に豊潤な物語世界が広がっていたことは間違いないだろう。
ここで論創社について書いておかなければならない。本書で論じられているヒュー・コンウェイの「ダーク・デイズ」および「コールド・バック」、そしてウィリアムスン「灰色の女」を翻訳したことは大変な功績である。そもそも読めなければ、良いも悪いも判断のしようがないのだ。また、ボアゴベの「サン・マールの二羽のつぐみ」を「鉄仮面」として翻訳刊行した講談社文芸文庫も忘れてはならない。
ところで、言及されている黒岩涙香の「妾の罪」がやけに面白そうである。早速国会図書館からデジタルデータをダウンロードしたので、いつでも読める態勢にはなった。実際読む可能性は低いけれども。