累風庵閑日録

本と日常の徒然

『ホームズは女だった』 中川裕朗 早川書房

●『ホームズは女だった』 中川裕朗 早川書房 読了。

 第一部「わがシャーロッキアーナ」は、原典の記述に基づいて原典とは異なる真相を導くというパターンの短編集。あとがきによれば、「論理の遊びによる再創作」だそうで。

 第一話「ホームズは女であったか」がなかなか愉快。嫉妬に狂ったワトソン夫人が、夫に向かってあなたが一緒に暮らしていたホームズは女だったという推理をまくしたてる。その勢いに圧倒されて、混乱して訳が分からなくなるワトスンの様子が可笑しい。

 全体として、上記のようにパロディ色を前面に出した作品集なのかと思うと、なかなかどうしてそんなお手軽な内容ではない。ほとんどをロジックの積み重ねに費やす、ちょっとばかし骨のある作品が大半なのであった。いい方向に予想を裏切られた、秀作短編集であった。

 「第二の汚点」と題する事件は二度起きた、という出発点から始まって、複雑で意外な真相を導く「第二の『第二の汚点』」、意外な犯罪と意外な犯人と意外な人間関係とを組み立てる「『唇のねじれた男』のゆくえ」、という辺りは読み応え十分である。

 ヨーロッパ近代史の裏面に隠された、身分も立場も違う男と女の想いを描き出して見せる「『ボヘミアの醜聞』とあの女」は、ロジックの面白さに加えて長編歴史ロマンの元ネタになりそうな叙情味すらある。

 第二部「地獄のシャーロック・ホームズ」は全くのパロディ集で、死後の世界のホームズとワトソンとを描く。集、といっても二編しか収録されていないけれども。

 第二話「探偵たちのパーティ」で、名探偵達が集うパーティーに出席したホームズ。「~ナンバーワン」という投票で、他の名探偵にことごとく優勝をさらわれてしょげかえる。各賞の受賞者がいかにもそれらしくて、人選ににやりとする。ただそれだけの内容であるが、パロディなんだからもちろん、ただそれだけで十分なのだ。