累風庵閑日録

本と日常の徒然

『殺人をもう一度』 A・クリスティー 光文社文庫

●『殺人をもう一度』 A・クリスティー 光文社文庫 読了。

 先日読んだ「五匹の子豚」の戯曲バージョンである。小説版の記憶がまだ新しいうちにと思って手に取ったのだが、その判断は正解だった。事実上の再読で細かい部分まで覚えているので、状況の裏の意味が逐一分かる。

 こうやって読んでみると、いやはや大変な上手さで。表の意味と裏の意味と、どちらもぴたりとはまって違和感がないように人物が配置されている。

 以下、戯曲版についてコメント。弁護士ジャスティンは主人公カーラの母キャロリンの有罪を信じており、事件の再調査の手伝いを依頼されてもあっさり断る。ここでカーラの婚約者ジェフが登場。小説版では影が薄かった彼だが、戯曲版ではちょいと嫌な奴。ジャスティンはジェフの言動に反発して意を翻し、再調査への協力を決意する。ちょっと熱い展開ではないか。

 回想部分を一幕で演じることでテンポは速くなったが、その裏表として解決部分がやけにあっさりしている。複数の証言を合成して事件を一度しか語らないやり方は、多方面からじっくりと情報を積み重ねてゆく丹念さが薄れていることでもある。

 事件の真相は小説版と同じだが、物語の着地点がちょいと違う。見え見えではあるがその結末がいい感じだし、エイミアスが描いた絵の解釈も面白い。こいつは読んでよかった。