●『都筑道夫創訳ミステリ集成』 作品社 読了
収録の三編を、十月から一編ずつ読んでいった。
「銀のたばこケースの謎」ジョン・P・マーカンド
日本人スパイ、モトさんが活躍するシリーズの一作である。原典は角川文庫から『天皇の密偵』という題で刊行されている。原典で正体不明の不気味さを漂わせるモトさんは、本書では明智小五郎ばりの活躍を見せる。原典にない某国の跡目争いなんて趣向も盛り込まれ、起伏ありスピード感がありサスペンスありの、ちょっとした冒険活劇に仕立てられている。
「象牙のお守り」
少女探偵ナンシー・ドルーシリーズの一作である。最初からあからさまに怪しい人物が登場して、いかにもなジュブナイル風味が漂う。ミステリとしての期待値はちと心細い。中盤でナンシーが、(伏字)が犯人ではないことを論理的に説明する。期待値低めで読み進めたおかげで、ただもうこれだけでミステリを読んだ気分にはなった。クライマックスの部分は都筑道夫が独自に創作したものだそうで。なるほどこの場面があるのとないのとでは、確かに盛り上がりが違う。
「火星のくも人間」エドガー・ライス・バローズ
火星シリーズを読むのは初めてだ。なんと面白いではないか。この面白さのどのくらいが都筑道夫の功績なのか分からないけれども。くも人間カルデーンがグロテスクでいい感じ。それに輪をかけてグロテスクな怪人、マッド・サイエンティストとも言えるアイ=ゴスの造形が秀逸。展開も波乱万丈で、肉弾アクションが熱い。クライマックスの盛り上がりも、最終的な着地点も上々。敵の城内をさまよって様々な目に遭う主人公達の物語には、その昔高校生の頃大いにハマったファイティング・ファンタジーやソーサリーのゲームブックを読んでいるような、懐かしい味がある。
それぞれの作品の末尾には、原典との詳細な比較が載っている。私は都筑道夫をただ好きなだけだから、ふんふんと眺めて終わりだが、マニアさんにとっては興味深い情報であろう。
一番胸に響いたのが巻末付録のエッセイ、堀燐太郎「センセーとボク ― 象牙のお守り入手ケースの謎」であった。そこにまざまざと書かれているのは、とある本が欲しくて欲しくて矢も盾もたまらない気持ち、入手のためのアプローチが成就するかどうかの期待と不安、実際に入手できた時の飛び上がらんばかりの喜び、手書きで書き写してでも全文を手に入れたいという情熱。迸り満ち満ちる熱い思いは、感動的ですらある。程度は違えど、かつてちょっとだけ古本に興味を持っていた私自身の、過去のあれこれを思い出す。