累風庵閑日録

本と日常の徒然

鮮血の乳房

●横溝関連プロジェクト「人形佐七映画のシナリオを読む」の第四回は、新東宝で昭和三十四年に作られた「鮮血の乳房」と、原作の「やまぶき薬師」とを読むことにする。

 まずは原作の「やまぶき薬師」を読む。今回手に取ったのは、昭和二十八年に同光社から出た『新作捕物選 横溝正史篇 人形佐七捕物文庫』である。

 浪人緒方龍馬が長崎から連れてきて、山吹屋串蔵に紹介した美人四姉妹。彼女達の、軽業を交えた南京手妻の興業が大評判。そんなある日、佐七とそのライバルである海坊主の茂平次のもとに、南京手妻の小屋で人殺しがあるとの怪文書がそれぞれ投げ込まれた。さっそく小屋に赴いた佐七の眼前で、四人姉妹の長女春雪が吹き矢で射殺されてしまった。

 連続殺人に複数の偽装トリックを絡めて、なかなかにミステリ味の濃い佳品。悪い意味で茂平次が活躍するし、佐七のアドバイザー格で瓢庵先生も少なからぬ役割を果たす。道具立てが派手で賑やかな作品である。けれど、凶器関連のネタはあまりにも酷い悪洒落で。さすがに無理矢理すぎるということなのか、金田一ものに改稿された「魔女の暦」では、このネタは使われなくなっている。

●次にシナリオの「鮮血の乳房」を読む。

 冒頭から全然違う話になっていて、改変具合が甚だしい。原作と似ているのは概ね次の三点くらい。事件の背景を成す、過去の因縁。春夏秋冬の四人の女性が事件に深く関わっていること。南京手妻の舞台での殺人が予告され、実際に殺人が起きること。とはいっても似ているのはあくまで構成要素だけで、展開はかなり異なっているけれども。

 原作にない新興宗教のエピソードを盛り込んだのはいいが、練り込みが足りないのか、上手く活用できずにとって付けたような結末になっているのが残念。そして最後の〆はお約束の大立ち回り。もちろんそんなシーンは原作にはない。

●実はこの読み比べ、すでに十一年前にやっている。そのときはさらに、金田一ものに改稿された「魔女の暦」と、その原型版短編バージョンも読んでいる。最も興味深かったのが、「やまぶき薬師」から原型版「魔女の暦」への改稿で。

 時代小説の構造を、現代に合うようにいかに再構成するか。その点が実に面白い。あまりにも大時代な背景と、上手くいっていたとは思えない凶器関連のネタとを排除し、登場人物の性格に現代的な味付けをし、人間関係にも調整を加える。元が時代物だったのを感じさせない、あっぱれ現代ミステリになっている。両作品の比較は、正史の器用さを知るためのいい材料である。

●さてこれで、手持ちの佐七映画シナリオを読んでしまった。でも、このプロジェクトはもう少し続けたい。そのためには早稲田の演劇博物館に足を運ばなければならないのだが、残念ながら現在は長期休館中である。来年三月の開館を待ってプロジェクトを再開することとし、来月からはまた別の横溝プロジェクトを発足させることにする。