●『地下鉄伸公』 三木蒐一 東成社 読了。
先日まとまめて読んだ地下鉄サムの流れで、積ん読だったこの本を手に取ってみた。昭和二十七年にユーモア小説全集の第十八巻として刊行されたもので、七編が収録されている。作者の発想のきっかけは地下鉄サムだったのかもしれないが、読み味はまるで別物。素朴でありきたりの、湿気の多い人情咄であった。
主人公は、改心して引退した元掏摸。現役時代のふたつ名に「地下鉄」と付いているが、ストーリー展開に直接かかわる形で地下鉄が描かれることはない。粋で潔癖で男前な正義のヒーローが、悪漢に苦しめられている弱者を指先の名人芸でもって救う、ってのが定型となっている。弱きを助け強きを挫き、清く正しく美しく、明日という字は明るい日と書くのね式の物語は、私の好みではない。